Interview#007 森みわ


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 森 みわ

1977年 東京都生まれ/1999年 横浜国立大学工学部建築学科卒業/2002年 ドイツ・シュツットガルト大学修士卒業/同年建築設計事務所Mahler Guenster Fuchs Architekten入所/2005
建築設計事務所Bucholz McEvoy Architects 入所/2008
建築設計・ランドスケープデザイン事務所 MosArt 入所/2009
キーアーキテクツ設立/2010年 一般社団法人パッシブハウス・ジャパン設立/現在
東北芸術工科大学客員教授

 

 

「デザインの根拠」

 

森さんは横浜国立大学卒業後ドイツに留学、ドイツ、アイルランドの設計事務所を経て、その後日本で活躍されているとても興味深い経歴をお持ちです。学部時代からドイツ留学するまでの経緯を教えてください。

 

学部時代は設計課題が楽しくてすごくがんばっていました。当時モノの形に興味があり、課題はいつも曲面の形からはじまっていました。毎回私の案は選ばれていたんですが、当時非常勤で教えに来られていた坂茂さんにはいつも四角くないデザインの根拠をつっこまれていたことを覚えています。だんだんなんで四角ければ根拠がいらないんだっていう疑問を持ち始めて、研究室は合理的でありながら自由な形をつくりだす膜構造の研究室を選びました。当時の横浜国立大学には膜構造を研究されていた石井一夫先生がいらして、とにかくその研究に魅かれてしまって。卒業論文では膜の形状とか、やわらかいもののメリットなどを研究しました。でもある日石井先生に「君は構造設計よりもデザインがやりたいんでしょ(構造設計に向いてないと言いたかったらしい)」って言われて。わたしは構造の方向性がわかってしまえば最後のコンマ数ミリに興味がないところがあって、それを石井先生は見抜いていたみたいです。ドイツにデザインと構造を融合させる研究所があるからそこに行きなさいと言われ、それがフライ・オットーの軽量膜研究所でした。大学院に入学して数ヶ月後にドイツの国費で留学してドイツに行きました。最初は一年で日本に帰ってくるつもりでしたが、向こうが面白くなってきたので、国大の院を退学して向こうに籍を移して卒業しました。

 

膜構造の研究室を選んだ理由はデザインの根拠というところに関係があるのでしょうか。

 

構造的に合理的だから部材が薄くなったり軽くなったり透明になったりする。例えば仮設の建築として被災地のシェルターを考えるときに、重量が軽いとか材料が厚くないというのはメリットです。それが建築の理由としてあっていいんじゃないかと私は思っていたのですが、その手の根拠というのが結構認めてもらえないところがあって。それで膜構造で形成されるやわらかいものの合理性をとことん勉強したいなと思いました。

 

PRISMA」について教えてください。

 

シュツットガルトに留学して最初の年に考案した空気膜のオブジェです。材料はソーセージチューブといって、豚の腸ではつくれないほどの大きなソーセージを作るために製造されているボリアミドのチューブです。茹でても変形しないようにどんな熱や圧力をかけてものびないことが膜構造に向いているということで、これに内圧をかけて形をつくるという研究でした。ソーセージチューブの全長が何百メートルにもなっていて、それをとぐろ状に組んでいくんですが、ジョイントはボトルキャップやCDラベルなどの工業製品でできています。空気を入れると30分ぐらいで高さ6メートルまで勝手に起き上がって、自立するから足場もいらないんです。シュツットガルトのお城の大理石の間で立ち上げたのが最初で、その後、東京のイベントや横浜のBankArtでもインスタレーションをしました。内側からプロジェクターで映像を映すと膜が曲面になって二重になっているから二つの画像がずれて映る、その効果を面白がってデザイナーが投影用の動画をつくってくれたりしました。一筆書きに折っていって自分で自分の力を抑制して立ち上がって行く、その合理性が新しい構法の可能性になるんじゃないかということで、今これを横浜国立大学の3講座と共同で特許申請しているところです。

 

シュツットガルト工科大学ではどのようなことをされていたのですか?

 

シュツットガルト工科大学の教授陣は大学と実務と二足のわらじの人が多くて、構造研究室も環境研究室も全てが設計の課題を出しています。どんなテーマを選んでも最終的には形に還元しないといけないというのがすごく私の肌に合っていました。最初は構造のゾーベックさんのところでいくつか設計演習やりながらだんだん他の分野の環境系やアルツハイマーの建築などを勉強したりしました。ゾーベックさんのスタジオは、土木と建築の両方の学生が履修できるようになっていて、土木の学生とグループでやっていくことがものすごく面白かった。向こうでは実社会でもどの分野のエンジニアもプロとして認められているから彼らの意見は尊重されていて、最終的に設計者にはエンジニア達の提案をコーディネートしてどういう形に持って行くかというスキルが求められるのです。学校のスタジオのプロセスと社会での実務のプロセスが似ていて、ドイツの学生は社会に出たときの即戦力として機能する力があると思います。ディプロマは都市計画研究室で出ました。再開発で住宅等のプロトタイプをつくりながら都市計画もやってということをやりました。シュツットガルト工科大学では建築デザインだけでなく、構造から環境、都市計画まで幅広く学ぶことができました。

 

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  「デザインのあたりまえ」

 

その後ドイツの事務所で働かれますね。

 

はい。東京ドイツ大使館の国際コンペを担当させてもらいました。そのコンペでは省エネ性能の目標値が最初からあたえられていて、それを満たすようなファサードの設計をしないといけませんでした。まず温熱について理解できていないと仕事にならなくて、もう貪るように勉強をしました。ドイツの設計者なら大学であたりまえに学んできたことなのだけど私は全くわからないところからのスタートで、性能をだしつつ自分のしたいデザインをすることを、徹底的に自分のなかに叩き込んでいきました。

今期から東北芸工大で教えているのですが、設計演習のなかで「サステナブルアーキテクチャー」という課題をだしています。温熱の先生は環境のことばかり考えているけど、実践では構造とコストと意匠といろんな狭間の中でそれをやらなきゃいけない。環境とデザインを一緒に考えていくことは、私がドイツで学んだこれからの「デザインのあたりまえ」で、それを日本の学生に伝えていきたいなと思っています。

 

ダブリンの事務所ではどのようなことを?

 

ドイツの事務所で3年くらい実務をやった後、メリット・ブッホルツというアメリカ人が所長を務めるダブリンの事務所で働き、ホテル、集合住宅、オフィス、ショップなどが入ったすごく規模の大きなプロジェクトを担当しました。そのプロジェクトではドイツでそれまでやってきた省エネコンサルタントや構造設計事務所とのネットワークを活かし、彼らと協議をかさねながらデザインと省エネどちらも妥協しないで両立させることに取り組みました。やっぱり構造設計の専門家からは構造がおもいっきり勝っているようなものがでてくるし、省エネの専門家なら省エネの比重が高い提案が出てくる。それをデザイナーである自分が上手くコーディネートしてバランスの取れたハイブリッドなものをつくっていくことが必要でした。このダブリン湾岸の大開発プロジェクトは5年間くらいずっと担当し、そのかたわらでいろいろな設計コンペをやったりしていました。

 

その後日本に帰国されますがどのような経緯で?

 

自分で全部コントロールできないようなとんでもなく大きなプロジェクトをずっとやりながら、日本の住宅の性能が少しずつ気になり始めていました。メリットのところは典型的なアトリエ系事務所だったので、子育てが始まるとチームをまとめるのが結構しんどくて、やむなく転職して半年くらいいた事務所がパッシブハウスに特化している設計事務所でした。そこで一通りのこと学んだときに日本の住宅設計の話がまいこんできて。それが帰国する直接のきっかけですね。

 

住宅の性能についてどのようにお考えですか?

 

資源の少ない日本ではエネルギー問題は非常に重要です。ヨーロッパの高性能住宅は寒冷地仕様が基本になっているので、それをうまく咀嚼して、日本の環境に合った住宅のプロトタイプをつくる必要があります。「鎌倉パッシブハウス」ではそれに挑戦しました。この住宅は冬はほとんど暖房を使っていないし、夏2時間冷房をかければ設定温度になってエアコンを切ってもその温度が維持できる。それだけの性能をだしていてなおかつ生まれてから3年間ずっと喘息だったお子さんが、入居したとたん何事もなかったよう治ってしまった。日本の夏は高温多湿なので、中途半端に断熱をすると壁の中でカビが発生し、それがアレルギーの原因になるケースが非常に多いのです。でも設計者がちゃんと水蒸気の動きを把握していればそれを避けるような壁構成をつくることができて、そうすればいくら断熱気密にしてもシックハウスにはならないです。今、非営利の団体パッシブハウス・ジャパンを設立して、日本の関東のような温暖地域でも健康な省エネの解があるということを情報発信しています。でも、性能だけで住宅を考えているのではなくて、見てくれた人に美しいなとかこの空間いいなと思ってもらえるデザインを省エネと同時にやりたいと思っています。

 

日本とヨーロッパで設計していて違いを感じるところは?

 

向こうではディテールの11まで設計事務所がかいてそれに対して建材メーカーがプロポーザルしていくので、最初からメーカーのカタログを見たりはしなかったですね。デザイナーが環境性能についてある程度理解していれば意匠的なことも含めてどんどんメーカーに要望をだせて、それがそのまま商品化されたりします。

このあたりがデザイナーが構造や設備の技術的な側面を理解する強みの一つかなと思います。

それと、日本のエンジニアは与えられた図面に収まるように配管を通し設計することには慣れているけれど、構造と設備に関わる複雑な設計に対応できるエンジニアはあまりいません。海外のエンジニアはそういうことに慣れていて、図面がまったくない状態でもコンセプト段階で議論が出来てしまう。そしてそれを意匠設計でうまく活用することができます。

 

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今後、やってみたい仕事はなんですか?

 

小学校の省エネ改修や集合住宅のプロデュースなどをしてみたいです。集まることによるエネルギー効率の上昇などのメリットと同時に空間のありかたを考えていきたいです。それから、様々なジェネレーションがミックスされたコミュニティに魅力があると思うので、それについて考えたいですね。

 

学生へのメッセージはありますか?

 

20代のうちに自分は周りと違うのではないかと思う瞬間があると思います。ほんのちょっとだけ人と違う、特化したものがでてきたときに、せっかく出たその芽を育ててあげる土壌が日本にはなく、多くの人はそこでみんなと同じになろうとしてしまい、芽がつぶされてしまいます。私は外国に出たからのびのびと育てることができました。周りとの違和感を感じるとき、それを直そうとするけど、実はそれは芽が出てきた瞬間で、むしろ喜ぶべきことなんだと思います。私はよく「出すぎた杭は打たれない」と言うのですが、自分が人と違うということを大切にして、それがつぶされない個性に育つまでじっくり守っていってほしいです。

 

 

 

インタビュー構成:北林さなえ(M2)、山内祥吾(M2)、名村廣孝(B4)


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