エストニア・タリン便り_2011.07.31


先日タリンのエストニア建築博物館であった、スロヴェニア現代建築展のオープニングにいってきました。私はまだ訪れたことがないのですが、大学院在学中にワイマール大学から教えに来ていた教授に紹介され、以後興味をもっていたリュブリャナ出身の建築家ヨジェ・プレチニックの作品が沢山あることからも次に行きたい国のひとつです。その首都リュブリャナから来ている若手アーキテクトのレクチャーもあると聞き、足を運びました。


ヨジェ・プレチニックについては、去年建築雑誌A+Uでも取り上げられていたので、ご存知のかたも多いでしょう。

さて、スロヴェニアはエストニアとよく比較され、東ヨーロッパの国の中では、政治的、経済的にも安定した元気な小国として紹介されることが多く、メディアからもよく耳にします。比べてみると、

スロヴェニア
国土 2万平方キロ
人口 200万人
ユーゴスラビア連邦からの離脱 1991年
EU加盟 2004年
ユーロ導入 2007年
2009年一人当たりGDP 29,472ドル

エストニア
国土 4万5千平方キロ
人口 134万人
ソビエト連邦からの独立回復 1991年
EU加盟 2004年
ユーロ導入 2010年
2009年一人当たりGDP 20,259ドル

(ちなみに日本の2009年の一人当たりの名目GDPは39,458ドル。換算上数値が違うのだと思いますが、ひとつにまとまってるデータはこちら

すこし脱線しましたが、リュブリャナの現代建築シーンに初めて会ったのは2005年。2005年の11月にベルリンで開催された EMERGING IDENTITIES – EAST!! Berlin – Bratislava – Budapest – Ljubljana – Prag – Riga – Tallinn – Vilnius – Warschau というタイトルの展示にタリン代表の建築家の一人として参加した際に、一番刺激になったのがリュブリャナからの参加者と作品でした。日本でもA+Uから「クロアチアとスロヴェニアの建築」と題されて紹介されていますね。ベルリンの展示に紹介されていた作品と見て、スロヴェニア
たちは与えられたコンテクストとプログラムに対して、洗練された建築ボキャブラリーと活気のある取り組みによってうまく昇華できているというが印象に残り、このバランス感覚はすばらしいと思いました。やっぱりその比較の根っこには自分がエストニアにいるということが影響しています。

そのベルリンの展示から6年たってどうなったのかと興味がありました。写真でしか見ることができないのは残念ですが、あいかわらず興味をもたされる建築をつくっているなと思いました。地味な中にも凝って考えてあってはっとさせられたり、大きいものにも形か素材のくみあわせかでどこかおもしろみがあったり。この巡回展示、以前マケドニアに行っていたようですね。こちらに紹介されています。

会場の様子です。階下にみえるのはベニス建築ビエンナーレに出展されたエストニアのものです。

展示のキュレーターの一人である、建築ギャラリーのオーナーでもある建築家アンドレイ・フラウスキ(Andrej Hrausky、写真下)は、おととい記事になったインタビューのなかで、スロヴェニア建築には二つ大切なことがあると話しています。

「ひとつは建築はグローバルな建築の一部であり、ひとつの国や民族のものではないということ。もちろんこれは新しいことではなく、バロック建築が広まったときからなんら変わっていません。建築は世界と関係を持たずにまったく違うことはできないということです。もうひとつはもちろん歴史、気候や政治的背景などからくる特徴です。第二次世界大戦前に教えていたヨジェ・プレチニックと戦後のエデュワルト・ラヴ二カー、二人の教えていた大学でわれわれのほとんどは建築を勉強し、二人の影響色濃く受けていることがあります。理論的には、言語が考えるフィールドを規制すると考えられ、われわれはエスキモーや日本人のようには考えられません。そういう意味ではリュブリャナ大学の卒業生はプレチニックがウイーンから持ち帰った中央ヨーロッパの伝統を引き継いでいます。マテリアル、ディテールや建物のコンテクストが常に大切にされている伝統ということです」

室内でのオープニングの後は、飲み残したワインを持って博物館の外へ。飲み干した後は、インド料理のレストランへとはしごをし、いろいろ話ができました。スロヴェニア人たちが繰り返し口にしていたのは、エストニアには山がなく、あっちにはあるということ。小さな国土の中に、3000メートル級の山並みから海までバラエティーにとんだ風景があると。

レクチャーをした設計事務所デクレヴァ・グレゴリック(Dekleva Gregorič Arhitekti)の建築家、アリョーシャ・デクレヴァ(Aljoša Dekleva)とティナ・グレゴリック(Tina Gregorič)。

確かに彼らの作品にはコンテクストとして斜面や背景の風景を取り入れ、作品にしていく姿勢がうかがえます。その彼らは AA SCHOOL 卒業後母国に帰り、事務所を始めまし
た。そのころはエストニアと同じく、若手にもチャンスがありどんどんいけたが、いま経済の停滞が長くて(エストニアは現在回復しつつある雰囲気があります)若手に仕事がなく、海外にでていったまま帰ってこないといっていました。これはやはり、内需に頼れない小国共通の悩みということだと思います。

彼らの滞在の中、エストニアの建築は彼らに非常にいい印象を残したようです。同年代の建築の友人が手がけた公共建築や、タリンの再開発プロジェクトなどについてインタビューのなかで触れられていました。また次の機会に書きたいと思います。

それはともかく、彼らスロヴェニアの建築空間、是非体験しに行かねばなりませんね。


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