日本にいたときはあまり考えることのなかった増改築、改修、修復といったテーマについて、初めてアカデミックな講義を受けたのはヴァージニア工科大の大学院に来ていたドイツ、バウハウス・ワイマール大学からの客員教授からでした。リコンストラクション
(reconstruction)
もしくはインターヴェンション
(intervention)
にはふたつの大きな流れがあるという講義でした。
ひとつは皆さんもご存知のイタリア人建築家カルロ・スカルパ(Carlo Scarpa、1906-1978、実は亡くなったのは仙台です)の改修作品に見られるような、ディテールや空間構成において素材、工法そして時間の流れにおける「新」と「旧」の対比を用いながら、新しい用途に合わせて古い建築の正統性をも示すやり方。
(Olivetti Showroom, Venice, 1958)
ドイツのカールヨーゼフ・シャトナー(Karljoseph Schattner、1924-)にも似た姿勢が見られます。
(Library in The Catholic University of Eichstaett-Ingolstadt, Eichstaett, Germany, 1980)
(Institute of Journalism in The Catholic University of Eichstaett-Ingolstadt, Eichstaett, Germany, 1987)
グラッシは、「いわゆる考古学的とはいえる一般の改修では、劇場をもとあった姿に戻すという真摯な目標に達せるわけではなく、ただ見栄えのよい廃墟としての劇場のイメージを強調するにすぎない。そしてローマ劇場のアイデアを再生することはまったく目論まれていない」と話します。彼らは廃墟を実際に劇やパフォーマンスに使われる「現代のローマ劇場」として蘇らせました。
もちろん修復においては「可逆性(reversibility)」を保持するというのが基本理念で、後世にいまの修復の間違いが発見された場合でも間違いをした時点まで戻ってやり直せる可能性を残しておかないといけないという点ではグラッシのやり方も変わりはありません。
さて、エストニアにはローマ時代の遺跡はなく、旧市街に代表される中世の建物やそれ以降のものが修復や改修の対象になっています。歴史的価値の認められている建造物のなかで、18世紀半ばから建てられた石灰岩つくりの工場建築の場合は、ソ連時代に行われた増築(ほとんどの場合しろいレンガを用いてなされているため見分けはつきやすい)は撤去してもとのヴォリュームを再現、建設当初の窓やドアの開口部も回復し、そして増築の場合は「新」と「旧」を物理的に切り離すなどして、コントラストを用いて違いを提示するといった第一のやり方を薦めています。
我々が設計し2009年に完成したオフィスビルは、1904年に建てられた3階建ての石灰岩造りの小麦倉庫の改修とその上に2層分の増築、そして新しく計画されたプラザに向かって7階建ての新築のボリュームを含むものでした。このビルの建つロッテルマン地区というのは、タリンの新市街と港の間にある場所で、(写真手前の煙突が建っている場所です)
18世紀後半以来、エストニアの国の石である石灰岩を使って倉庫や工場が建てられ、パン、チーズを中心とした食品が作られてきました。1997年に町の郊外に製パン工場が移転して以来、人も近寄らない場所になっていました、2004年以来、許可された都市計画を元に、地区を所有するディベロッパーが設計コンペでアイデアを募集し、次々と新しい建物がリノベーションされつつある既存の建物の間に建てられていっています。この小麦倉庫の修復についても同じような条件がつけられました。
(ビフォア)
(アフター)
新築部分は、現代的といわれるガラス張りのカーテンウオール建築ではなく、既存の石造りの建物のように壁と小さな窓からなるとし、増築部分と共に、以前からこの場にあった錆びた鉄の庇やパイプから発想を得た、錆びながら自分を守る特徴のあるコールテン鋼という外装材を用いました。文化財として保護されている歴史的コンテクストに配慮し、我々の操作が圧倒しないよう、且つ寄生するのではなく共生できるよう心がけました。
2010年に竣工した同じ地区にある KOKO ARHITEKTID の設計した建物はこの条件を逆手にとってコントラストを強調したデザインになっています。
次回はもう少し2番目のやり方について、そして論議を巻き起こしたグラッシのローマ劇場プロジェクトについても話したいと思います。