3回目の最終回は、前回に紹介した、2番目のやり方に関してグラッシとポルタチェリによるサグントのローマ劇場の顛末について述べて、一応の締めとしたいと思います。
ヴァレンシアの地方政府の依頼で、彼らが1985年から93年にかけて行ったのは、サグントのローマ劇場をもともとあった形に戻すということでした。彼らに先立って1960年代、70年代に行われたインターヴェンションの目標は「ローマ劇場そのものではなく、大仕掛け名見世物としての廃墟」であったとして、その跡を除きました。除かれた石の上に新しく「現代のローマ劇場」を作りました。グラッシは「ひとつの極端な例が単純な保存、すなわち何かが死んでいくのにまかせることだとすれば、このプロジェクトはもうひとつの極端な例である。この場合はローマ劇場から我々は現代的で機能する劇場を古代ローマの様式で作ったといえるだろう」と述べます。
ところがまだ工事中であった1990年に、時の野党の一員の弁護士が工事の中止を求めて裁判を始めます。1993年に地方裁判所は、プロジェクトがスペインの歴史的建造物に対する法律(歴史的建造物への、安全と保全の保障すること以外の再建を禁止する)に違反していることを認めました。94年にプロジェクトはミース・ファン・デル・ローエ賞に入選し、建築家や保存修復の専門家にも認められたわけですが、2003年には18ヶ月以内に全ての修復部分を取り去ることを命令されます。この決定に対しサグント市が控訴しました。議会は総力を挙げてこの命令の施行を遅らせ、ついに2009年の4月に裁判所は行われた仕事を取り除いてもともとの廃墟の状態に戻すことは不可能だと判断し、原告側の要求を棄却しました。20年続いた論争はついに終わり、グラッシとポルタチェリの仕事は認められたことになりました。私もいつか、かつてローマ劇場の提供した空間と可能性をぜひ体験したいと思います。
しかし、この論争によってスペインの歴史的建造物にたいする自由なアプローチの是非が問われていたと捉えることもできます。何にどこまでの再建を許すかのきわどいバランスをどうとっていくのかということでもあります。例えば、スペインにはさまざまな歴史的建造物があり、中には政府所有のパラドールと呼ばれるホテルに改装されているものもあるそうです。
興味深いことに、似たようなローマ劇場の残るカルタヘナの町に1999年に依頼され、2009年に完成したスペインを代表する建築家ラファエル・モネオ(Rafael Moneo、1937-)によるカルタヘナの古代ローマ劇場博物館では、「新」と「旧」の対比が鮮やかに見て取れ、劇場の再建は試みられてはいません。モネオの協力建築家は法律のあいまいな言葉を解釈する際に「我々はこのプロジェクトのために、地元当局の文化担当者に認可されるべく明確な理論と論拠を展開させねばならなかった」と述べています。
例えばスペインのメリダに残るローマ劇場はこんな感じです。
やはり歴史的建造物の修復、保存、再建というのは法解釈の問題だけではなく、どのように過去の遺産を今後に残していくのかという大きな課題があり、一概にこれがベストという回答はないと思われます。私自身の考えとしては、一つ目のやり方でも二つ目のやり方でも物件ごとにできるできないがあるわけだから、提出されるプロジェクトをベースに行政とともに決めていける方法があればと思います。あと、文化財の周囲にどのような環境があるのかということも大事な点だと考えます。それについて今秋の日本滞在中に興味深い話を聞くことが出来ました。
私の出身地である富山県高岡市伏木の勝興寺という浄土真宗の大きな伽藍があり、平成17年から平成30年の予定で修復作業が進んでいます。第2期工事担当の工事現場所長の賀古さん(文化財建造物保存技術協会、建築家)に多忙な中、時間を割いて修復現場を案内していただいきました。
緻密かつ理論的な修復作業の案内の後に賀古さんは「このように、我々が培ってきた日本の文化財を記録、保存していくノウハウは世界のどこにも負けない自信がある。このように綺羅星のような文化財は残せていけているものの、建物の周りの町並みはどんどん壊れていっている。所詮「点」としての遺産しか残せていけない今までの文化財保護行政のやり方でよかったのかとも思う」と語っていました。綺羅星のような「点」のよりどころであるべきコンテクストをささえる「面」をいかに包括的に保護活用していくのかが問われていると感じました。人々が生活してきた歴史は「面」のなかにこそ垣間見ることができると。
様々な素材からなる住宅の壁、歴史。イタリア、トスカナ地方にて
*ここまでの3回のブログのための参考文献等上げておきます。
“From Contrast to Analogy“. Ignasi De Sola-Morales Rubio, Kate Nesbitt (ed.), Theorizing a New Agenda for Architecture: An Anthology of Architectural Theory 1965-1995, Princeton Architectural Press, 1996.
“Ruins revisited, modernist conceptions of heritage“. Brigitte Desrocher, The Journal of Architecture, Volume 5, Spring 2000.
“Reconstructions“. Girgio Grassi, Displayer 03, The Karlsruhe University of Arts and Design, July 2009.
“Roman theater, Sagunto”. Giorgio Grassi, ACSA Conference Design Studies, Delft University of Technology, 1992.
“Court Case Tests Limit of Spain’s Preservation Law“. Architectural Record, January 28.2008.
“Museum of the Roman Theater of Cartagena“. Architectural Record, February 2009.
“Sagunto Journal; Architects? They Could Be Thrown to the Lions”. The New York Times, June 11,1993.
“El Teatro Romano mira al futuro (The Roman Theatre looks to the future)“. El Pais, 30.11.2009.