セプテンバー 日本編



20138月の終わりから9月の半ばにかけての日本、そしてアメリカを巡る忘備録。

その日本編。

 

セプテンバー 日本編 (1)

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セプテンバー 日本編 (2)

セプテンバー 日本編 (3)

 

 

合計23時間のフライト。1年半ぶりの日本。久しぶりの日本の夏はどんよりと雲が爛れ、鈍い暑さを纏っていた。成田空港から東京駅へと向かうリムジンバスに乗り込み、窓から見える郊外の風景や湾岸の倉庫地帯をじっと眺めていた。東京までの1時間強。僕は久しぶりの日本に対するノスタルジーをたっぷり味わおうと思っていたのだが、なぜかそうした温かな感情が込み上げることはなかった。

 

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セプテンバー 日本編 (4)


メゾン・エルメスでの作業が始まった。今回の帰国の主たる目的はこの展示の設営である。エルメス側の担当の御三方とは基本的に英語でやり取りしていたので、年齢・人柄とも会ってみるまではなかなか未知数であった。実際に会ってみると思っていたよりも若く、そして作家へのリスペクトを兼ね備えた素晴らしいチームであった。特にキュレーターも務めておられる説田さんはユニークなキャリアとスミルハンへの深い理解をもち、その知識は僕のそれを遥かに上回っていた。

 

 

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セプテンバー 日本編 (5)

1年前にエレメンタル(アラヴェナ事務所)の所でインターンに来ていた山道と、YGSAマスコットガール西川さん、クレバー伊藤くんと渋谷で会う。山道とはおそらく性格も、そして建築的趣向も、そして女の声の嗜好も真逆であるが、何故かこうウマが合う。彼が日本に帰ってからチリでまともな人付き合いがある日本人はいない訳だが、やはりああいう近況を語り合える人材は貴重であったとしみじみと思う。

 

 

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セプテンバー 日本編 (6)

 

 

セプテンバー 日本編 (7)

展示の設営も終盤に差し掛かる。建築家であるスミルハン・ラディックと、その妻であり彫刻家であるマルセラ・コレア。互いに意見を交換し合い、褒め合い、時に罵り合う彼らの仲睦まじい作業風景は見ていて微笑ましい。作業後エルメスの方にシューズのコレクションショーに連れて行っていただく。東京の夏の夜、エレガント。

 

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セプテンバー 日本編 (8)

セプテンバー 日本編 (9)

朝一で築地をアテンド。夕刻、ギャラリーの照明のセッティングを確認した後、知人宅へ。大学時代の旧友を集め、チリ料理をふるまう。と公言しておきながら大遅刻をする。やはりチリに行ってから時間に対してルーズになったし、相手がルーズであることに対しても許容できるようになってしまった。結局夜中1時過ぎから調理を開始し、2時過ぎからカスエラ(チリ風おでん)を黙々と食らう。酒を一滴も飲まなかったけど何を話したか全く覚えていない。あるいは何も話していない。

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セプテンバー 日本編 (10)

結局ハマウラの家には2泊したことになる。彼は日本海側の地方公務員でありながら現在は都内の大手広告代理店に出向に来ている、というなかなかユニークな人材である。緩やかな熱を帯びた夜の12時。コンビニでビールを買い込んで彼のマンションの屋上で飲んだ。今宵もまた彼のワードセンスは冴えわたっていた。

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セプテンバー 日本編 (11)

セプテンバー 日本編 (12)

セプテンバー 日本編 (13)

ついにエルメスのオープニングの日がやって来た。メゾン8階のギャラリーのフロアにはシャンパンを片手にした文化人で溢れ、華やかな空気が漂っていた。普段人付き合いが嫌いなボスも終始ご機嫌だった。僕も飯田先生や西沢先生と久しぶりに会話をし、そして幾人かの建築家や画家や出版関係の人と話をした。ボスがスピーチで僕について話してくれた時はなかなか感慨深いものがあった。建築をやっていて良かったな、と思える1日であった。帰りの銀座の夜の風が心地よかった。

9月5日

セプテンバー 日本編 (15)

 

 

セプテンバー 日本編 (16)

 東京を後にして旅行に出掛けた。飛騨の山奥の種蔵という集落を訪れ、築ウン百年の民家に泊まる。翌日は富山からサンダーバードで京都に向かいボス一家を宿泊先の祇園の町家へとアテンドする。この日の宿は河原町近くの洒落たカプセルホテル。次の日の宿は京町家のドミトリー。現代性を噛みしめる。

 

9月6日

セプテンバー 日本編 (17)

京都七条。出版に関わった本『海外で建築を仕事にする』のトークイベントにお誘いいただく。なぜかボスも来た。出版社の方はもちろん、今回声をかけていただいた大阪の前田茂樹さん、そして著者のひとりである神戸の高濱史子さんとも初対面。お二方の言葉からヨーロッパで揉まれた強さみたいなものが感じられた。そして一度お話ししてみたかった京都の森田一弥さんともお会いでき、実りある一夜であった。文化庁奨学金関係、ディエステ関係について教えを乞う。

9月7日

セプテンバー 日本編 (18)

セプテンバー 日本編 (19)

 

1日だけ神戸に帰省した。主な目的は祖母のお見舞いであった。1年半ぶりの祖母はもはや口から食べ物を摂取できず、以前にも増して痩せ細っていた。チリに来る前に数か月一緒に暮らしていたので色々とつらい。次に帰ってくるのは祖母の葬式の時になるかもしれない。そう思いながら須磨の海を眺めていた

 

9月8日

セプテンバー 日本編 (20)

セプテンバー 日本編 (21)

 

再び京都に戻り、ボス一家と建築史家アルベルト・サトウと共に事前に予約しておいた苔寺へと向かう。住職の説法を聞きながら、降りしきる雨が深い軒先から滴る様を見ていると自然と心が落ち着いてゆく。その後ボスたちと錦小路あたりでハグをして別れ、まだ幾何かの時間があったので北山の圓通寺へと赴く。僕は個人的に京都に来ても好んで同じ寺社仏閣を訪れることは少ないのだが、この圓通寺とカフェ アンデパンダンだけは京都に来ると寄るようにしている。この日の圓通寺もまた素晴らしかった。

 

9月9日

セプテンバー 日本編 (22)

 

 日本を去る日だ。空港まで見送りに来てくれた。飛行場が見える喫茶店の窓側の席に座った。メニューにコーラとコーヒーフロートがあったので「コーラフロートはできますか?」と聞くと「メニューにないものはご用意できません。」と言われてしまった。替わりに良く冷えたジンジャー・エールを注文した。コーラフロートくらい作れよバカヤロウ。

 

アディオス日本。


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