interview#025 田鍋淳二


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田鍋淳二 家具職人 / デザイナー

1974年群馬県高崎市生まれ/1999年横浜国立大学卒業/2001年神奈川県立平塚高等職業技術校木材加工コース修了/2013年The Normal Life products設立

—まずは大学で建築を選ばれた理由を教えてください。

大学に入るまでは建築という職業はあまり意識していませんでしたね。高校生の時は漠然とデザインに関わる仕事をしたいと考えていました。それで得意な科目が理系だったから、数学と物理で入れる大学でデザインを仕事に出来そうなところだと建築か、という感じで建築を選びました。入学するまでは建築や建築家なんて全然知らなくて大学に入ってから徐々に学んでいったという感じですね。

—学生時代はどんな学生だったんですか。

学生時代はわりと早い時期から建築に没頭していましたね。先輩の卒業設計の手伝いなんかもやってましたよ。2年生のときにヘルプをした時のことですが、僕の担当はスタイロで出来た小さな模型にジェッソを塗って磨いて石膏風にするというものでした。数日でひとまず終わったのですが、他に作業がなかったので先輩に言われるがまま、ジェッソを塗っては磨き塗っては磨き、結局2週間やりつづけたんです。そしたらホントに石膏みたいになりまして。「これスタイロだよね?」って同級生や先輩に驚かれました。それ以降、「ジェッソの田鍋」で知られることに(笑)。

—すでに学生時代から職人魂のようなものを感じますね。(笑

そういうのは特に苦じゃなかったですね。塗っては磨き、磨いたのにまた塗っちゃう。そうして少しずつ変わっていくのが楽しかったんですね。(笑)。

—設計課題やその他の活動はどのように取り組まれていたんですか。

設計課題はあんまり得意じゃなかったんですよね。考えている途中を人に見られたり何か言われたりするのが嫌いだったんです。エスキスで途中の段階をプレゼンするのも苦手でエスキスには行ったり行かなかったり。一方で学祭の仮設建築は率先して参加していました。空間を作る理屈を組み立てた後の具体的なものづくりが楽しかった。それを実現させるための試行錯誤に時間を費やすというのが僕にはあっていたのだと思います。                                             ただ、何度もやっているうちに費用を回収するための営業とか実行委員との交渉とか、夜中の酔っぱらいとの戦いとか、建築以外の部分が段々面倒くさくなって、普通にサークルが出店する一区画に作ったときがありました。他の模擬店と同じテントをただ単に2階建てにして、店とかも何もやらずに2階でみんなでおでんを作って食べてたんですよ。そうしたらそれを見た北山恒先生が一年生の授業で「あれは非常に建築的だった。」と評価してくださっていたと聞きまして。とりあえず先輩としての務めは果たせたのかなと(笑)、僕らにとって先輩たちからの影響は大きかったので。

—卒業後のことを教えてください。

卒業する年には建築じゃなくて家具の仕事をしようと決めていたのですが、家具業界のことを何も調べてなかったので先の決まらないまま卒業することになりました。それから色々と調べ、分かりやすいところではいきなり弟子入りするという方法があるということを知りました。だけど僕は人に頼みこんで教えを請うのとかがとっても嫌いだったので、弟子入りなんてもってのほかでした。それに、職人とか怖そうだしね。(笑)。それで大学とか専門学校とか考えたんですが、最終的には学費がいらない職業技術校に行くことに決めました。

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—職業技術学校というのは、本格的に作り方を教えてくれる所なのですか。

学校によっても違うようですが、僕が行った平塚の学校は一般的な機械や工具が使えるようになって、家具工場にとりあえず就職できるくらいの家具作りの基礎は教えてくれました。

—その頃は家具のことをひたすら考えていた時期なのですか。

そうですね。周りには何もありませんでしたから(笑)。でも、家具というよりは、木についてですね。種類や特性、加工方法、塗装、機械や道具の使い方や手入れの仕方など、覚えることが沢山ありました。木に特別興味があったわけではなかったので、知らないことばかりでした。

—その後はすぐに就職されたのですか。

卒業後いくつか見に行った中で小田原の家具工場がタモの突板を使って立派な食器棚を製作していたんです。こういうことをやっているんだと思って就職するのですが、それが滅多にない注文であることを入社後に知りました(笑)。そこでは主にポリ合板で造り付けの本棚や下駄箱などを作っていました。基本的に特注品だったのでいろいろな物を作れてまあまあ楽しかったですよ。         でもデザインと製作の両方をしたいと考えていたので、ここにいては難しいなぁという思いもありました。ちょうどその頃、同じくらいの歳で家具をつくっている人を雑誌で見て、どうすれば独立できるのかと聞きに行ったんです。それが縁でそこで働かせてもらうことになりました。当時はその会社も設立3~4年ぐらいの時期で社長と工場長がいるだけ、という環境だったのですが、入社半年でその工場長が辞めてしまったので僕が工場長になりました。(笑)家具を作るにも自分で考えるしかない状況で、その時期から職業訓練校で教わったことをベースに色々と試しながら作るようになりました。

—環境が変わってどうでしたか。

自分の裁量でできることが増えたのでとても面白くなりましたね。社長から送られてくる図面が1/10の姿図だけだったので、仕口とか細かいとこの納まりとかはこちらで解決しなくてはいけないんだけど、経験が浅いのでこんな寸法で大丈夫かとかわかんないじゃないですか。だから不安なところ、特に仕口や可動部分なんかは同じ材料で一回作ってみて、加工性とか強度を確認しました。そんな具合でやっていたので時間はかかりましたが。

—家具職人とか、家具の種類っていろいろありますよね。田鍋さんの理想とする家具や、家具職人という職業はどのようなものですか。

自分でも何がやりたいのか未だに分からないんです。だからやりたいところにたどり着くのも時間が掛かるでしょうね。もともと家具が作りたかったわけではなくて、デザインがやりたかったんで。自分の手で作るのが好きというよりは、苦手じゃないという程度。実際、作っていても面倒くさいなと思うときもあるんです(笑)。自分でデザインして自分で作ろうと思ったのはきっと、自分が考えた通りにできるのか心配するのが嫌だったからかな。                                      建築家はデザインしても自分では作らないじゃないですか。最終的なクオリティが自分の思った通りにならないこともあるわけですよね。それが嫌だったんです。まあ結局、家具もそう簡単ではなかったんですが。あと木工業というのは少し厄介な面があります。必要以上に手仕事を有難がるんですよ。機械が得意なところは機械でやればいいと思うんですけどね。鉋をかけてるだけで楽しいとか言う職人もいたりして、そういうの否定するつもりはないですが。それで木工は儲からないとか、好きな人じゃないと続けられない仕事だ、とか。産業として如何なものかと思うんですよ。今後の課題ですね。

N邸ダイニングテーブル

N邸ダイニングテーブル : (デザインは(株)元氣つばさ設計事務所)

—田鍋さんの感覚は、職業に憧れて何かになろうというのとは対極的なんですね。職業に対する先入観のようなものがないので、やりたいことをやっていくと気がついたらその世界にいて、でも違うと思ったときにまた別の世界に進んでみる。自分のやりたい事を突き詰めていくと、いつの間にか人とは違う全く独自の世界に辿り着くという印象で最後にどうなるのか、とても楽しみです。

(笑)。「これ」と決めない生き方もあると思うんですよね。捨てる勇気がないとも言えますが、僕は自分でも何が好きなのかよく分からないんです。嫌いなものは明確なんですけどね。だから少しでも興味が在るものはどれも捨てられなくて、あれもこれも仕事に繋がるんじゃないかと思っていたりするんです。学生時代からやっているバンドがあって今でもダラダラと続けているんですが、それですら何かになるんじゃないかと思ってるくらいで。だから毎年夏になると、今年もフジロック呼ばれなかったなー。と(笑)。

—田鍋さんの作品について教えていただけますか。

以前、同級生の藤原君(現Y-GSA准教授)からの仕事でテーブルを作りました。彼の希望は40mmの天板と40mm×40mmの脚をシンプルに繋げて欲しい、というものでした。一般的な木製のテーブルは幕板で脚を固定してその上に天板がのっています。脚と天板だけでは、振れを止めるのが難しいのですが、このときは幕板とそのジョイント部分が天板の中に納まるような構造を考案しました。外からはどうなってるのか分からないようになっていますが、昔からある仕口を組み合わせています。そのように天板と脚が同じ40mmの軽やかなテーブルを作りました。

—テーブルのディテール1つだけ見てもとても深いですね。

これは独立して、一番最初の仕事なんですが、ナカエ・アーキテクツの中永さんが設計した洋菓子店の什器の仕事です。話をもらってから、納めるまで家具なのに1年以上かかっています(笑)。配置は決まっていましたが、あとのデザインは任せて頂きました。設置後、御施主さんにも喜んでいただけたのでホッとしました。

—中永さんの空間と家具が違和感なく共存しているように見えます。ちなみに仕事で大変なことなどはありますか。

全部1人でやっているから1つ仕事が決まると慌ただしいです(笑)。モノによっては搬入するのも一苦労です。中永さんとの仕事では一人でも搬入、組み立てできるように考慮して設計しています。組み立てていくと予想以上の重さになってしまったなんてこともあったんですが(笑)。

ローザンヌ

金沢市の洋菓子店『ローザンヌ』の店舗什器(建築は(株)ナカエ・アーキテクツ)

—棚の上にあるのは制作のためのスタディ模型ですか。

今制作している椅子のスタディ模型です。実物と同じ材料で作っているのですがスケールが異なると木目などはやはり実際とは異なるものになってしまいます。結局のところは座ってみないと分からないので最終的には原寸で作ります、もはや模型じゃないんですが(笑)。椅子の場合すわり心地という大前提があるので、それを踏まえたうえで形をいくつもスタディしていきます。でも人それぞれ体格が違うので、これが正解っていうのもないんですが。時代や生活様式にもよっても変わると思う。定番と呼ばれているような椅子が何度か改良されたりしてるのはそういう理由もあって、たまには形をかえてみようと気分だけで変えているわけではないんですよね。

—なるほど。建築とは違ってスタディからして手間がかかりますね。そう考えると家具って手がかかってる分、値段も高い理由がわかる気がします。

そうですね。高いんですよ(笑)。 その高いってことを説明するのが難しいです。高い家具はどこが違うんですか。とか聞かれるとね。全然違うんだけどなー、と思っちゃうんだけど(笑)。高い材料を使っているとかだったら分かりやすいんだろうけど、それだけじゃないし、時間がかかるとか手間がかかるというのは買う人には関係ないからね。違いをわかってくれる人に対して、しっかりと情報を出していくのが大事なんだろうなと思います。

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スタディ模型

—最後に学生に一言お願いします。

まず大学にはちゃんと行った方がいいですね(笑)。もっと授業に積極的に参加すれば良かったなって今になって思うんですよね、受け身じゃなく。あとは、一度自分の欲望にきちんと向き合ってみてください。自分が好きなことも嫌いなことも、自然に分かる事ばかりじゃないだろうから、決める必要があるときは少し努力が必要だと思います。あとは気負わずに、好きなことをやって、それがそのうち人の役に立てばいいんじゃないかな。

インタビュー構成:澤伸彦(M2)、寺田英史(M1)、柳田里穂子(M1)

写真:澤伸彦(M2)


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