スミリャン・ラディッチの元で担当していたサーペンタインギャラリーパビリオンが先月末に無事オープンを迎えた。それにあわせてイギリスはロンドンへと赴いた。折角の機会なのでこれについて少し書いてみようと思う。
まずサーペンタインギャラリーパビリオンとはロンドンのハイドパークという広大な公園の中にあるサーペンタインギャラリーというクラシカルなギャラリーの前庭に毎年夏の間だけ仮設のパビリオンを展示するというものだ。その設計者は毎年世界各地の建築家から一人選ばれる(今のところイギリス人以外)。以前は世界的な大御所建築家が名を連ねていたが、去年の設計者である藤本壮介氏あたりから今勢いがある若手~中堅にも声が掛かるようになった。それで今年は南米からということで紆余曲折あり、最終的にスミリャンが選ばれた。
基本的にスミリャンと担当僕の二人でプロジェクトを進めていた。石とマスキングテープを用いた原始的な模型をいくつも作り、それをパソコンで3Dモデルに起こしスケールを与える、といった作業を繰り返した。忙しい時はウチの事務所にしては珍しく夜中3時や4時まで作業していた。その頃のスミリャンは妙に優しく、昼メシを奢ってくれたり、自宅に招き泊めさせてくれたりもした。しかし家に泊まると必然的に翌日は早朝同伴出勤になるので、途中からは丁重にお断りした。忙しくもエキサイティングな日々であった。
パビリオンの大まかな構成としては造成した地形の上に60トンに及ぶイギリス産の無垢の玄武岩がごろごろと横たわっている。その上に鉄骨の梁が渡り、その上に木の床材が載っかっている。そしてそのプラットフォームを覆うように厚さ12mm、直径17mのドーナツ状のグラスファイバーの殻がすっぽりと横たわっている。スタディ段階でもこの厚さ12mm、直径17mというスケール感がうまく掴めなかった。グラスファイバーのサンプルを見ると以外にごついけど、数字を見る限りはどう考えても薄い。ロンドンの現場から送られてくる施工風景から徐々にその姿が明らかになってきた。
どうやら世間的にはその風貌から宇宙船的、あるいはコクーン(繭)のようだと揶揄されているようだ。権威あるThe Times誌やThe Guardian誌はともに” the weirdest =今までで最も風変わりだ “という皮肉めいた、英国らしい言葉で評している。確かにその外観は動物っぽいというか、ある種のキャラっぽさはある。だがおそらくこの建物の本質はその内部空間にあるだろう。中に入ると先ほどのグラスファイバーの殻を通した奇妙な光に包まれ、各所に開いた大きな穴からは外の公園のグリーンが垣間見える。12mmの厚みは見方によって紙のようなシャープで儚いスケール感をまとい、人々はその薄さに敬意を払うようにそっと触れる。もしあなたが昨年のメゾンエルメスでの展示を体験したならばその類似性に気づくことになるだろう。建物の外観は周辺環境と全く関係のない、独立したマッシヴなオブジェクトだ。しかし中に足を踏み入れると素材の薄さ、あるいは脆弱さがもたらす避け難い外の光や音、あるいは匂いといったものに包まれる。そうした盲目的外部環境とでも言うべきものが彼の生み出す建築のオリジナリティだと僕は考えている。彼はそうした状況を作り出す要素を” flagile construction “と定義し、これまでも様々な作品において実践、あるいは実験している。
ロンドン滞在最終日、スミリャンとパビリオンで落ち合って、改めて2人で作品を見て回った。もちろん全ての箇所が巧くいっているわけではないし、やっぱりああしておけばと思う所もなかったではない。でも遠くチリで模型をこねくり回して考えたものが、こうしてロンドンという世界有数の大都市に建っていて、そしてそれについてこうして2人で意見を交わしているという状況がとても愛おしく思えたのだ。きっとスミリャンはまだまだ知らない世界を僕に見せてくれるだろう。だからもう少しこのチリという国でやっていこうと思った2014年夏あるいは冬。
foto : yuji harada
* Smiljan Radic Arquitecto