interview#029 林野友紀


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林野 友紀(りんのゆき)/株式会社 丹青社 チーフデザイナー/1976年山梨県生まれ/2001年横浜国立大学大学院終了/2001年株式会社 丹青社

—まずは大学で建築学科を選ばれた理由を教えてください。

 子どもの頃から絵を描いたり手を動かすことは好きで、モノづくりや立体的なものを作ることに関心がありました。デザインや美術の分野に進みたいという気持ちはありましたが、美大に行くという選択肢もあまり頭の中にはなかったので、その中でちょうど工学部にあってデザインが学べる建築学科に魅力的を感じました。高校に入学した頃からなんとなく建築を志してはいましたが、物理や数学は得意ではなく、どちらかというと得意科目は文系でした。

—学生時代はどんな学生でしたか?

 サークル活動はせず、課題をやりながら学園祭などで仮設建築を建てたり、建築学科にいること自体が部活の様な感じだったので、学部生のころはずっと建築棟にいました。横国の学生は学校の近くに住みたがる人と、少し離れたところに住みたがる人がいると思いますが、私は後者で学校の近くに住むのが嫌だったので、結果的には帰れなくなり建築棟に泊まることもしばしばでした(笑)。あとは他大学の建築学科と共同で、葉山のヨットクラブ・オーナーによる海の家をセルフビルドで作るような課外活動も行っていました。大学を横断したチームに分かれてコンペを行い、大体の予算や大まかな工法を含めて案を出し合い、当選した案を実際に葉山の海岸につくるというものでした。その間は1~2カ月葉山に寝泊まりして、イベントやパーティーなども企画したり。当時セルフビルドでつくっていたものは足場板や単管で組んだ巨大なバリケードのようなもので非常に原始的なものでしたが、手順を考えながら設計と施工を同時にチームで行っていくという経験からは非常に学ぶことが多かったです。実際の空間のスケール感を把握するという意味でも、良い経験だったと思います。 

—修士論文で現代日本の喫茶空間について書いていらっしゃいましたが、インテリアにはいつ頃から興味を持たれていたんですか?

 多くの学生がそうかと思いますが、大学1・2年生の頃は漠然と建築設計の道に進むものだと考えていました。そこからだんだん、ちょうど私だけではなく、皆が設計(意匠)に進むのか、構造に進むのか、都市計画に進むのか・・など決断を迫られる時期に、私は煮え切らず進路を決めかねていました。1講座の歴史系の研究室に進みましたが、それは1講座はその先に様々な選択肢があるような守備範囲の広いイメージがあったからです。結局、そのまま院に進み、更に2年間結論を先延ばしする形になってしまいましたが、結果として設計の課題から解放された4年生~院生の間に、自分の興味も固まっていったとも言えます。その間は、夏休みを利用して短期留学したり、暇を見つけては主にヨーロッパに旅行にばかり行っていました。学部生の時は、ライトやコルビジェの建築もたくさん観に行きましたが、だんだん建築物よりも、街並みそのものや、街の中のお店やカフェ、そこで繰り広げられる人々のライフスタイルやファッションのようなソフト面への興味の方が強いと自覚していきました。また、東京にコンランショップ(英国のサー・テンレス・コンランプロデュースのライフスタイルショップ)がオープンし、学生の頃なので買えないのですが、その家具デザインや世界観が好きで足しげく通っていました。輸入家具や雑貨、インテリアの世界にぐっと魅了されてはいましたが、家具デザインやインテリアコーディネートは自分のやりたいこととは違和感があるように感じていました。 

 その頃からインテリア(内装設計)の道へ進むことを考え始めましたが、自分はインテリアを学んだ訳ではないので、強みがない。そこで、インテリア史を学ぶような感覚でカフェ空間の調査を始めました。カフェ空間は建築学科で取りあげられるようなテーマではありませんが、カフェの歴史=日本の戦後の商業空間の成り立ちのような意味合いも強く、雑誌『商店建築』のバックナンバー等を参考にしながら、商店がどの様な変遷を辿って日本の街に浸透して来たのかをカフェ空間を通して考える、というような修士論文になりました。

—就職活動ではどの様な会社を考えていましたか?

 内装業界にはあまり詳しくなく、アトリエ系の事務所ではなく企業に就職したいという希望を持っていた際に、知人の勧めで現在の会社を受けました。単純にインテリアデザインだけを行っているわけではなく、プランニングや企画の仕事も出来ることが魅力でした。またクライアントが個人ではなく企業や自治体の仕事ができるという点もポイントでした。他の会社はあまり受けなかったです(笑)。私の場合は学部時代の設計課題だけでは面接にあまり役立たないと思ったので、ポートフォリオに自分で設定した仮装の店舗デザイン案のようなものも盛り込みました。

—丹青社で働いていらっしゃる方々はどういう方が多いのですか?

 デザイン部門では、美大出身者と建築出身者が半分ずつくらいでしょうか。入ってすぐのころは美大出身者の方が、スケッチやCGが上手だったりするので、建築出身者は手を動かす点で苦労することもあります。最近は学生の面接を担当することもあるのですが、建築学科(横国)ではやらないようなテーマの設計課題作品(具体的なショップデザインなど)を持ってくる学生が多いので驚きました。丹青社の仕事は多岐にわたっていて、建築寄りの仕事から内装寄りの仕事まで様々で、プロジェクトごとに新たな専門的な知識を吸収しながら進めなくてはならないので、常に新しいチャレンジがあり、学ぶことも多いです。

—建築とインテリアには大きな違いもあると思うのですが、インテリアを捉えるときに建築を学んでいる経験が生かされることはありましたか?

 よく、内装は建築が骨格をつくったあとの表層の部分だけをお化粧しているようなイメージをされがちですが、実際は異なります。私の中では「空間をつくる」という一つの大きな到達点に対して、たまたまそれぞれの工程をそれぞれの専門の人が担当している(その方が効率が良いから)というだけの違いであって、根本的な考え方は同一線上にあると思います。最近では建築家の方がショップの内装を手がけることも多いですし、ホテルや専門施設の場合はインテリアデザイン側が建築に指示を出して竪穴や吹き抜け、開口の位置などの建築要件を決定する場合もあります。ただし専門性は大きく異なると思いますが。ここでいう専門性とは、段階とか深度とか、工程の中で担当するパートという意味です。作ろうとしているものが最終的に出来上がった時に、何を作ろうとしていたのか、何を表現しようとしていたのかが実現していることが重要で、その表現の仕方が内装側が担当した方が上手くいく場合と、建築的なパートでないと表現できない場合があるというだけの違いのように思います。よって、建築学科で学んだものの捉え方や考え方はインテリアでも非常に重要です。 

 学生時代の設計課題では常に「コンセプトは何か?」ということを考えさせられると思いますが、インテリアでも、特に商業空間では、表層の色や形ではなく戦略やコンセプトの方がより重要です。色や形などの感覚的な部分は、コンセプトや戦略を表現するための手段・道具でしかありません。なのでまず「どんなものを作るべきなのか」敷地や条件を読み取って、コンセプトを練っていくような学生時代に鍛えたことは、とても役に立っていると思います。 

 最近は便利な時代なので、インターネットを使えば様々なデザインの写真を検索することができます。極端にいえば、クライアントがイメージ写真を持ってきてこういう風にしたいといえば、優秀な施工業者がいれば簡単にコピーできてしまう。そんな時代だからこそ、表層の見た目や色味だけでなくクライアントの要望に対して、本当に必要なものは何か、ゼロから新しい価値を見いだしていくような思考の組み立てがとても重要です。それは、プロダクトデザインでも、建築でも、一緒ではないでしょうか。

—建築に比べてインテリアはより細かい部分が重視されると思います。検討するときにどんな手段を用いますか?

 インテリアデザインはとても雑多な仕事です。例えば、まるまる一棟の物件を何年もかけて進めている一方で、同時に数坪のお店を1~2ヶ月で納めたり、コンセプトやものの検討以前に、クライアントの行おうとしている事業の段階や、ブランドの特性、「モノを売る」などいろいろな尺度が入り交じっているので、物件ごとによって捉え方やつくり方は変わってきます。  

 これは内装か建築かよりも住宅と商業空間の違いかもしれませんが、私たちデザイナーは、好き嫌いや見栄えだけで物事を決めることはないようにしています。特に商業デザインでは、クライアントの好みを表すのではなく、その事業が成功するためにどのようなデザインが適しているかということを重視して提案しなくてはならないので、クライアントの意見がブランドのコンセプトと異なると思ったら、それはきちんと話し合います。住宅の場合はクライアント個人の好みが優先される場合が多いと思いますが、商業空間の場合は実際に使う人がターゲットなので、そこが大きな違いではないでしょうか。なるべく客観的な視点で、どんなデザインなら、ブランドや事業コンセプトがエンドユーザーに伝わるかを議論します。その中でデザイナーの個性も表現し、自分の美意識の中で良いと思えるものを提案していきます。 

 仕事の進め方として建築と違う点は、非常にたくさんパースを描く点でしょうか。いろいろな角度から見たパースを描くことで、イメージをクライアントと共有します。模型も作りますが、パースや実際の素材のサンプルボードで表現することの方が多いです。プレゼンテーションでは非常に精巧なCGパースを用いますが、エスキスの段階で手描きのスケッチを描くことによって、模型を作るのと同じような感覚で、段階を踏みながら空間を把握することも重要です。複雑なオペレーションを満たすように細かいレイアウトを考えながら、ほとんど同時に最終的な素材、質感、明るさ等まで一気に短期間で頭の中では作り上げていることが多いです。「内装の図面には色が着いていることがあって驚く」 という指摘がありましたが、実際そうですね。我々の感覚では図面を描いている時点で色や素材のことまで考えていない方が不思議です。平面図を描きながら、(それは図面には表現しませんが)例えばそのテーブルの上に置かれるだろうクロスの素材感だとか、来館者が歩いた時の、足裏の踏み心地の変化とか、照明のあたり方とか、非常に細かい所まで同時にイメージしていることが多いです。実際の空間が出来上がってから素材や家具を当て込むのではなく、空間が出来る前にそれらすべてを頭の中で詳細に組み立てなくてはならないので、その辺りが専門性のひとつでしょうか。 

山梨山梨ジュエリーミュージアム パース(左)と竣工写真(右) Photo:ナカサ&パートナーズ

 

佐世保ハーバーテラス佐世保迎賓館 カフェのパース(左)と  竣工写真(右) Photo:ナカサ&パートナーズhttp://www.tanseisha.co.jp/service/works/56852
 
 

— 具体的な役割として、プランニング、企画段階のものを図面化するなど組織だといろいろな役割があると思うのですが、林野さんは具体的にどの部分を担当していますか。

 分業している部分もありますが、割とプランニング段階から担当として入って現場監理まで担当することが多いですね。まだまっさらな状態の中からクライアントと協議を始め、どういう人をターゲットにして、どのようにサービスを提供するか、そのためにどのような器をつくればよいか、更には立ち上げる時のウェブサイトの背景はどんなイメージか、など、ブランドのイメージをゼロからつくっていくところからスタートすることもあります。それら全てを自社でやるときもありますし、ブランディングやマーケットの会社やグラフィックデザイナーと組んでやることもあります。そういった仕事をほとんどディレクター1人とデザイナー1人程度で、チームの場合でも2~3人という少ない人数で担当することが多いので、大変ですがやりがいがあります。 

—家具選定などは実際にどういうふうに行っているのですか。

家具は作ることが多いです。物件によっては時間がなかったりするとメーカーの既製品を使うこともありますが、基本的にはだいたい特注します。

—ひとつひとつつくるのですか。

ひとつひとつ作ります。スケッチを描いて家具屋さんに施工図を描いてもらったり、自社で描く場合もあります。制作台数が多い時は海外で作ることが多いので、上海等へ検品にいくこともあります。

—インテリアは建築よりもスピード感があって、現代的なものに影響を受けやすいと思うのですが、普遍的なものに対してどのようにお考えですか?

 確かにインテリアはサイクルが短く、普遍的な建築に対して、インテリアは普遍的ではないもののように言われがちですが、役割が全く違います。果たして建築でも普遍的に価値を保ち続けられるものがどのくらいあるでしょうか。我々の観点からすると、例えば巨大な建築物が30年や40年程度で現代社会のしくみと適合しなくなったり当初の機能や役割を終えてしまう例をたくさん目の当たりにしていますが、そういった建築の中身を変えることで現代社会に適応させ再利用させる機能を内装が担っている部分がたくさんあると思います。普遍的な価値を保ち続けている建築も、ただ古いまま残せば良いとは限らず、必ず人の手が加わり、中身を活かす努力がなされているものが多いのではないでしょうか。 

 最近の身近な例で言うと、ホテルをリノベーションする物件が多いのですが、昔の建築物って柱のスパンが今の建築より明らかに短いし柱も大きいでしょう。ホテルの客室って柱のスパンで決まってしまうから古い建物がどんなに頑張っても入れ物としてのキャパシティは大きくなったりはしない。これって建築の「普遍的な」部分の逆罪とも言えるでしょうか(笑)、私たちは価値が現在にフィットしなくなったものに対して、デザインで新しい価値を生み出し、いかに帳尻を合わせていくかを考えます。そういう「一度造られてしまった建築物の重み」は内装業界の方が強く感じるところかもしれませんね。 

 私も最初の頃は内装って作っては壊しての繰り返しのようなイメージがありましたし、実際それは否定できません。でも今は、ある意味で、建築は一度建ててしまうとそうそうには壊せないものなので、もしかしたら未来に適合しないものになってしまう可能性もあるかもしれないと思うのですが、そこをインテリアを変えることによって寿命を延ばしたり、現代の需要に適合させたりすることができる。ですから普遍的な面と流動的な面は両方必要なのではないかと思います。 

 —何も変わらないそのままの状態が普遍性とは限らないわけで、変わらないものを評価していくためにインテリアがあるのかもしれないですね。

 普遍的な部分も必要だし、そこで上手く表層を変えて世の中の流行にフィットさせていく機能も必要。そういう風に捉えると、息を毎年毎年吹き込んでいくために私たちが機能しているところもあるのかなと思います。普遍性を支えていくためにインテリアがかき混ぜている、みたいな感じでしょうか。内装でも、例えばリニューアルの場合に必ずしも全部作り替えるとは限らず、崩してはいけないものや手を入れてはいけないと感じたものは残すという判断をする場合があります。古いまま残しただけでは誰の目にもとまらないものに光を当てて新しいものと対比させたり、古いものと新しいもの両方を評価するようなデザインの手法もあります。

—最後に学生に向けて一言お願いします。

 人にはやっぱり人それぞれの特性があって、向いていること、得意な分野があると思います。建築学科の中にいると、上手く言えないですが、ある種、建築的な価値基準や世の中に良しとされているデザインの基準を自分の基準としてしまうような思考的な偏りって少なからずあるように感じるんですね、インテリアに対する偏見もそのひとつかと。何かに興味を持つということも特性の一つなので、なるべくいろんなものを見て柔軟に自分の個性を探って欲しいです。ものづくり、空間づくりに関わるのであれば、仕事の範囲って肩書きで決まるものとは限らず、様々なアプローチの仕方があるので、型にとらわれず、自分に適した表現方法、役割を見つけて強みとして欲しいです。

 私も、学生時代に旅をして見たものがとても蓄積されていて、その時には特に強い印象を受けなかったものでも、実際に見た経験が後々役に立つことがよくあります。旅先の街で、新しい飲食店やデザインショップの情報に執着出来たのも、良く言えば個性だったと思っています。なので、学生時代になるべく色々なところへ足を運んで、気になったものは自分の目で見て欲しいです。その中で新しい価値基準に出会い、興味を掘り下げたくなるものが見つかるかもしれません。また、若いうちから少し背伸びをして、時には良い宿に泊まってみたり上質なサービスを受けてみるような経験も、空間を提案する側としては必要な素養だと思います。

 

―――ありがとうございました。

 

インタビュー構成:浅井太一(M2)、的場愛美(M2)、田島亜莉沙(M1)、曲萌夏(M1)、板谷優志(B4)

インタビュー写真:板谷優志(B4)

 

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