島の一般家庭にステイし、その島の文化や生活に少なからず触れることが出来た美しきアマンタニ島を離れ、目指すはこのツアー最後の島、タキーレ島(Isla de Taquile)へ。
こちらの島も先ほどのアマンタニ島と同様に、島の斜面は石垣を用いた段々畑で覆われ、主にキヌアやじゃがいもやトウモロコシといった穀物を生産している。そしてその畑を掠めるように伸びる石敷きの道すがら、日干し煉瓦で作られた簡素でキュートな褐色の家々があるリズムを刻みながら建ち並んでいる。
朝から湖上を包み込んでいた鈍い雲も次第にひいてきた。
ガイドのエミリオはこの島の出身なので、時折足を止めてこの島の文化や風習について話してくれる。今思い返してみて特に面白かったのは結婚にまつわるエトセトラだ。
島を歩いているとすれ違う男たちはみな鮮やかな毛糸の帽子をかぶり、そして女たちは黒いスカーフを身にまとっている。エミリオ曰く、こうした帽子やスカーフの所作によってその人の婚姻ステータスが判別できるということだ。
まず男。基本的に赤色をベースとし、そこにさまざまな伝統的な柄を縫い付ける。既婚男性のそれは帽子の縁から先端まで全体的に赤い。
一方で未婚の男性のそれは帽子の中盤から先端にかけて白い糸で編まれていることが分かる。ということはエミリオは独身!しかし特に色めきたたない女性陣…。さらにこの帽子はタキーレの男たちにとっては一種の試練なのである。というのもある男性がある女性に結婚を申し込むとする。そうするとまず男は結婚用に新しく自らの手で帽子を新調しなければならない。それまで身に着けていた白い帽子から赤い帽子へ。そしてその新しく編み上げた帽子を相手方の両親に披露する。そこでその帽子の出来が認められれば晴れて結婚相手として認可される。しかしそれが不出来であると見なされれば、ハイやり直し!となり、何度も認められるまで男は糸をつむぎ、夜なべすることになるのだ。
ちなみに帽子の色が黒いバージョンもあるらしく、こちらは政治家や聖職者など、いわゆる権力をつかさどる者たちの象徴となっているらしい。
もうひとつ男が身につけるアイテムで特徴的なのはこの腰巻だ。これはポーチのようになっていて、中にコカの葉をしのばせるようになっている。このコカの葉はこうしたペルーやボリビアの高所地域では欠かせないポピュラーなものである。煎じてお茶にして飲んだり、そのまま口に含んで咀嚼することにより高山病抑制に対して効き目があるとされている。
だからこのあたりでは”¿Oja de Coca? = コカの葉ある?”という言葉を交わすとそれは”¿Como esta? = How are you?”的なニュアンスになるそうだ。
一方で情勢の場合、基本的には既婚の女も未婚の女も黒いスカーフを身にまとっている。その違いといえば既婚者は肩からスカーフをかけ、頭が出ているようになっているのに対し、未婚者は頭の上からすっぽりとスカーフをかぶり顔以外を覆い隠すようにしている。
これが既婚/未婚の一番おおきな違いであるが、他にも身につけるブラウスやスカートの色が暗いものだと既婚者。明るいものだと未婚者、という傾向があるらしい。そして男が結婚時に帽子を作るように、女はキヌア料理を相手方の家族に振る舞い、その味の良し悪しで女としての度量が図られるというわけだ。
そうした島の伝統的なユニークな話を聞きながら島を巡り、最後は広場に面した島唯一の高台の眺めの良いレストランでトゥルチャ(マス)のソテーに舌鼓をうった。
こうして1泊2日の濃密なチチカカ湖巡りも幕を閉じた。島とかツーリズムといったものに強い関心を寄せる僕にとってみれば、このチチカカの高地での特異な島体験は非常に興味深いものになった。島と経済、伝統と変化、生活と来訪者の距離感。外国人の視点で感じたこうした出来事がまた日本に帰ったときに活かされるはずだ、おそらく。これからも海を越え、湖を渡り、みしらぬ島へ。それは僕にとって21世紀における個人的大航海時代なのだ。そしてこの世界的アイランド・ホッピングの終着点は日本という島になりうるはずだ。