久山幸成(ひさやま ゆきなり)
1973年 兵庫県赤穂市生まれ。1996年横浜国立大学卒業。同年クライン ダイサム アーキテクツ勤務。アストリッド・クラインとマーク・ダイサムと共に建築、インテリア、イベント企画とデザインの領域を幅広く捉え活動している。代表作に代官山T-SITE、リゾナーレ八ヶ岳Leaf Chapel など。
今回は恵比寿にあるクライン ダイサム アーキテクツの事務所に実際に訪れ、インタビューを行いました。中に入ると壁いっぱいに描かれた絵や綺麗に配置されたこだわりのある物たちが出迎えてくれました。
クラインダイサム アーキテクツ事務所内
–なぜ横浜国立大学の建築学科に進学しようと思われたのですか?
当時、絵を描いたり、ものをつくったり、映画を観たりするのが好きで、そのような分野を調べていくと、結構「建築」という言葉が出てきて、面白いのかなと思い始めたことがきっかけでした。建築がどういうことか、どんなことをするかも知らなかったのですが、気になっていましたね。
僕は兵庫県の一番西側の赤穂市の出身で、関東圏に行きたいという思いが漠然とあっただけで、横浜国大の建築がどんなところか全く知りませんでした。熱烈に横浜国大に行きたかったわけではなく、単に横浜に行きたいという感じでした。今思うと安易ですが、ただ筆記試験を受けるというのも面白くなさそうだし、造形の勉強とかをしつつ、どこかの大学に行けたらいいなと、そう思っていました。横国は推薦入試があって、前記試験の内容も、デッサンを描いたり、ものをつくるというもので、たまたまセンター試験の点数が良くて、「推薦できるよ」と高校の先生から言われて、面接をしたら受かってしまって、あれよという間に横浜国大生になったという感じでした。
—横浜国大の建築学科に入ってどんなことをやっていましたか?
周りが森ばかりで何もないことが、逆に好き放題できてよかったなと思います。僕は高校の時に少し演劇をやっていた経験もあり、大学に入ってからは自分たちで小屋を建てて公演をする、「三日月座」という演劇研究会(劇研)に、面白そうだと思って入部しました。同じ建築の先輩も結構いて、演劇と建築と学祭での仮設建築という三つばかりを学生時代はやっていました。劇研ではかつて野音の真ん中にあった池の水を施設課で借りたポンプを使って抜いて、小屋を建てたりしてました。小屋を建ててしまえば、その中はもう自分達の世界なので、芝居で雨を降らせたりもしました。設計課題をやった後、夕方から芝居の練習をして、4年間ずっと二足の草鞋状態でしたね。
—あらゆる分野の領域を横断して建築をつくることを事務所全体でも考えているのでしょうか?事務所でどういう建築のつくり方をしているのか教えてください。
クライン、マークと仕事をしていると、そういうことが自然に始まり、自分も全然無理なく楽しめています。事務所設立初期は僕を含め3人だけだったので、3人で色々話して案を考えたりしていました。だから2人がボスだという感覚で話したことがないんです。僕は事務所の番頭でもなく、パートナーという立ち位置でもなく、言葉にしにくい関係性があります。
案を考えていく中でみんなが「いいね!」となる瞬間があって、それを掴んで逃さないようにするというが当時からのやり方です。図面を描いたり模型をつくったり、色々なものを使って話をするんだけど、その中に「あっこれいいね」「このプロジェクトにぴったりだね」という、みんなが共通でびびっとくるポイントがそこかしこに隠されています。それは言葉としてはすごく短かったり、簡単だったりする。長々と説明的なものではなく、自然に話している中で、一気にぐっと拾い上げていくようなつくり方をしています。
それは、建築はあまり難しいものではなく、行った瞬間にいいなと感じるようなものをつくりたいという思いがあるからなのです。それを引き出すための言葉は必要だと思います。実はそれは、大学の課題の時に山本理顕さんが「空間に名前をつけなさい」ということを言っていて、名前ってすごく大事だと思ったのがきっかけなのです。例えば、同じ本のある空間でも「図書室」と「ブックラウンジ」だと違ってくる。次に広がるようなキーワードや空間やプロジェクトを一言で言い表すキーワード。そういうみんなが良いと思えるものをうまく見つけられたら、シンプルであればあるほど、そこからブレようがなくなる。それは事務所に誰が新しく入ってきても、その人と一緒にものをつくれるということにもつながります。
—プロジェクトの中での具体的なお話をお聞かせください。代表作のひとつである「代官山 T-SITE」はコンペで勝ち取られたプロジェクトでしたね。
2010年にカルチュア・コンビニエンス・クラブ(以下CCC)がコンペを主催したものです。彼らは代官山に「森の中の図書館をつくる」というキーワードを持っていて、オリエンテーションの時に、増田宗昭社長が、ここでどんなことをしたいかを語ってくれました。今までの若い人に向けたレンタルだけでなく、彼らがプレミアエイジと呼ぶ高い年齢層も対象に楽しめる場所を代官山につくりたいというものでした。それを聞いた時、ブランドデザイン的なイメージを持って、オリエンテーションの帰りに歩きながら、「TSUTAYAのTの形はいいかもね」みたいなことをクラインと話して、Tの形で建築をつくることに行き着きました。
もう一つのキーワードは「外と内をつなぐ」こと。外の木が鬱蒼としているところで、その木を残して、外と内とを気持ち良くつなぐ建築をつくるというすごくシンプルなコンセプトで考えていきました。
Tの形には図と地があるので、並べて向かい合わせると地の部分がつながって空間ができます。建築の配棟や計画のことを考えると、3つのボリュームに分けるのが最適だということも分かってきました。Tが3つ並んでいる顔がおもしろいけれど、それがちゃんと空間をつくるようにしたいと考えました。ブランドのことは考えるけど、それが看板にならないようにするということです。構造もTを骨格にしていくと、平面にも立面にもTの形が現れて、「この面もこの面もこの面も全部Tだー!」と盛り上がり、一気に進みました。
更に、ただのっぺりした建物にするのではなく、大きなTの字でできた外壁の表情を小さなTでつくっていこうと思いました。
そうすることで、ブランドも表現できるし、場所としての気持ち良さをつくるキーワードとして合致したので、迷いなくコンペに挑んだのです。その後はCCCとコミュニケーションを取りながらプロジェクトを進め、建築ができあがっていきました。
—「ブランドのことは考えるけど、看板にならないようにする」というのがすごく印象的でした。詳しくお聞かせください。
それは「場所」ということがすごく関係してるのです。僕は建物がアイコニックなことは、必要だと思っています。パッと見てわかる、そのシンプルさが大事だと思うからです。企業のエゴや宣伝になってしまうものと、そうでないものの境目を考えることって、すごく難しいのですが、それは建築家じゃないとできないことだと思っています。代官山 蔦屋書店を例にすると代官山というその街の歴史がつくる空気感があって、敷地に木があるから影が出て、そこに影が映ったときにきれいと感じるのです。それに加え、案のユーモアやウィット感が全部一緒になってた方が、魅力って倍増しますよね。
KDaでもアイコニックであることとヒューマンスケールであること、その両方が重要なキーワードになっています。建物はどうしても存在感を持つのでアイコン的な役割は逃れられないと思います。それが気持ち良くてわかりやすいものであることは必要だし、同時にずっと外から見るものではないから行きたくなって欲しい。行って実際に体験したものは外から見るアイコンとは違って、ヒューマンスケールに合ったもの。それをつくるのは、素材だったり高さだったり明るさだったりしますよね。自分がいる場の背景に表情があったり素材感があったりすると、どこにいても絵になる様な空間ができて、訪れる人同士の見る・見られるという関係が生まれ、そこにいること自体が楽しくなるのです。
—KDaの建築は色彩を多用するところが特徴の一つだと思います。現代、建築の抽象性を表すことを目的に白に塗る建築家がたくさんいる中で、色というものにどういう可能性を感じているのですか?
それはやはり気持ちの盛り上がりが欲しいからですかね。色を使うにはおそらく勇気がいりますが、気持ちの盛り上がりは絶対に必要なんです。その空間を訪れたときのファーストインプレッションによって空間に個性を感じて、また訪れようと思うんです。人間ってすごい生き物だからパッと察知してしまうんですよね。事務所の中でも「その色良いね」「これは合わないね」など、色の話を積極的にすることは、この空間はどんな空間なのかという本質に近づくコミュニケーションになっています。
© Koichi Torimura
—横国では北山さんや山本さんの思想の影響からか、商業施設に多く見られるオブジェクト的な建築を批判する風潮があると思いますが、その点何か考えていることはありますか?
そういうことをよく聞くから毎回ドキドキしながら円錐会(横浜国立大学建築OB会)などに参加しています(笑)。でも商業主義と商業施設をつくることは違うのです。商業主義は、それ自体で何かを儲けようとしていることで、一方、商業施設をつくるということはそこに行きたくなる場所、そこに居て気持ち良い場所をつくることです。場所をつくる、風景になるというのがオブジェクトとの違いになるのかもしれません。
代官山蔦屋書店はまちにとってはある意味、象徴的ですよね。あれができてまちの流れが変わったこと、そこでみんなが気持ち良さそうに過ごしていることをすごく実感しました。商業ってどうしてもお金と結びついているから、僕は逆に健全だと思っています。このお店で買ったから毎日着ていたいっていう洋服とかあるじゃない?そういう気持ちと繋がっているものが商業のデザインで、それはある人の生活の一部のための空間をつくるという意味では公共空間と何ら変わりがないと思うのです。
—そういったお考えの中で、久山さんにとって建築家っていうのってどういう人物像なんでしょうか。
自分自身のことをいうと、建築家/デザイナーというように分類していないので、どちらでもあると思っています。
その中でもやはり価値をつくれる人は重要ですよね。それはお金を生むという意味ではなくて、その場所を魅力的にしたり、住む人を幸せにしたり、来る人が気持ち良い時間が過ごせたと思うとか、そういった価値のことです。それをつくれる人はまち自体やそこにいる人のコミュニティーを変えたり、今までのお店の概念を変えたりできる人かもしれない。色んな人とのコミュニケーションの中で重要な価値をピックアップできる人でしょうね。
—今後、こんなことをしたいという展望はありますか。
もっと面白いプロジェクトをやりたいですね。それが何かと言われたら分からないですが、今はすごくつまらないと思われているものを面白くしたいっていう気持ちがあります。
みんな楽しみに東京に来るのに、まち自体が楽しさをあまりアピールできなくなってきたんじゃないかと思います。そこを行った瞬間に楽しそうと思えて、実際に体験しても楽しいような場所もっとつくりたいです。
KDaに居続けることで、色々な人と長く関わってプロジェクトができていているので、それはこれからも変わらないと思います。多様なつながりが組織としてできていて、新しい人が入ってくると新しい刺激があるし、KDaというチームとしてどういうプロジェクトにしていきたいかを自分ごとのように考えますね。それはもう自分の一部みたいなものですから。
—最後に、学生に何か一言お願いします。
やりたいことは躊躇せずやってください。これやったらダメかなということは思わない方がいいです。やってみて他人に何か言われても別に関係ないですよ。いろんな価値観の中のほんのひとつの切り口で言われているだけのことなんですから。
—久山さん、ありがとうございました。
インタビュー学生メンバー:住田百合耶(M2)、川見拓也(M2)、鈴木里奈(B4)、杉浦哲朗(B4)
インタビュー構成:住田百合耶(M2)、川見拓也(M2)、栗原一樹(M1)、和泉芙子(M1)、吉村真奈(M1)、鈴木里奈(B4)、杉浦哲朗(B4)
写真:杉浦哲朗(B4)