《卒制2020》4/15 -髙橋一平-


 

 

《卒制2020》4/15 -髙橋一平-

 

 

 

《卒制2020》インタビュー掲載企画、第一回は、髙橋一平さんです。

 

髙橋さんは、横浜国立大学建築学科の設計課題において長きに渡り講師を勤められ、多くの学生が建築の議論の場において大変お世話になりました。卒業設計を終え、改めて建築に関する疑問や髙橋さん自身の事等、お話を伺いました。

 

 

 

哲学を形にする事

 

学生  建築学科って何なんだろうって思うんです。

髙橋  建築を通じて哲学というものを知る。哲学的に生きる環境っていうのがあると良いと思います。哲学的に考えることの一つに、「なぜそれがあるのか」っていうのを改めて考えさせられるような思考をすることです。「建築って何で建てるのか」、「トマトは何で赤いのか」、「なんで人間は服を着るのか」とか。「人間は何で生きて死ぬのか」の究極は哲学だよね。建築を通じて、地球、人類もしくは人類が生きる環境について哲学的に考えるということなのではないか。建築っていうのは哲学の実現だからね。

学生 哲学を形にするということ。

髙橋 そうそう。だから、三年生の「こどもセンター*1」なんてのはとても哲学的な課題なんです。「子供はどういうところで育つと、どういう影響を受けて大人になっていくのか」、同時に「人間っていうのは何のために生きてるのか」っていうことを考えられるのではないか──哲学的課題なわけですよ(笑)伝わるかな? これが哲学的に思考されない場合、「保育園をつくりましょう」、次は「美術館つくりましょう」ってなるんだけど、これはただの技術を極める問題で頭打ちになってしまう。それを哲学の方にシフトさせるのが、やっぱり建築学科の役割ではないでしょうか。昔の建築学科はそうじゃなかったと思う。そういうことに対して想像したことのある人とそうでない人では、生き方が全然異なるはず。例えば将来、先輩にコピーが下手だと言われましたと、その時にどうやったらコピーが綺麗にできるのか、だけでなくコピーはなぜ必要なのかって考えるのか、何を想像するかで、人間がどうしても分かれてきますよね。人間の知恵と思考というものが養われていく環境ですよね、建築学科っていうのは。 小野くんなんて、以前は地味な作品が続いていましたが、敷地を自然地形にした途端、カーブが出てきてわけのわからない屋根が出てきて広場を作るっていう、それこそまさに人間の英知ですよね*2。何で「建築がグリッドになってしまうんだろうか」と問われたんだと思います? どんなアプローチだったの?

学生 うーん、最初は斜面にグリッドでやろうとしていて(笑)(グリッドが合わないと)最初に思いましたし・・・。でも暮らしてる人を意識するっていうか。(小野)

髙橋 グリッドではなくなった?

学生 あそこにグリットがなくなったっていうのは、何て言うか、最後まで割と柱の落とし方はグリッドで。(小野)

髙橋 けれど配置が全然違うんじゃない? 丘を囲むみたいになってたり、何かを繋ぐみたいになったりとかしてたよね。

学生 確かに、あえて斜面にしてみたのかもしれない。(小野)

髙橋 何かしらのそういう作用が働いたんだと思う。 それから、AIというのは、西洋哲学の究極的な体現の一つとも言えるらしいです。ハイデガーが死ぬ10年位前に、哲学の次に来るものはサイバネティックスと言っています。サイバネティックスの根本原理は、フィードバックのシステムです。フィードバックという概念が何に応用されているかと言うと、例えばマーケティングのような予測行為です。この原理を進めていくと AI になっちゃう。だから西洋哲学は終わりだって言われているんです、乱暴に言うと。

学生 東洋の哲学で、そういうのはないということですか?

髙橋 東洋の場合、哲学と呼ばず、儒教などの宗教になるんですよね 。そこが面白いんです。アジア人は、縁起のある動物を用いて神を可視化しようとした。たまに欧米人のなかで、人間の中に宇宙人の子どもがいるとか言ってる人がいますが、これはヨーロッパ哲学の崩壊かもしれません。つまり、人間はどこから来たのかっていう回答に対して、全く未知のものを信じて頼るしかなくなってくる。明確な探索っていうのができないから。よくわからないよな(笑)

学生 それは面白いですね(笑)

髙橋 最近創作されてる演劇とかでも、旧約聖書の引用は多い。最先端の西洋哲学者のなかには、ある日突然神が地球上に現れて、今まで亡くなった人たちを全て蘇らせる瞬間っていうのが0%ではないと。これを”第四世界”と名付けて真面目に言っている人たちがいて。そこまで来ている、西洋哲学は、それを考える──。これを卒業設計本に?(笑)

学生 そうですね・・・(笑)

 

 

 

 

超唯物論

 

学生 一平さんが言う「哲学だ」っていうのも、ある意味信念、スタンスみたいなものがある
わけじゃないですか。学生の頃からですか、そういうこと言ってたのって。

髙橋 そういう気配は昔から自分にあったかもしれない。僕、世界を斜めから見てるんで
ね(笑)。誰かが展覧会やってるけども、「それが本当に必要なのか」と、まあそういうスタンスは常にあるかなと思います。哲学書、読んだら絶対面白いよ。

学生 エンジニアリングの興味みたいのはあるんですか?

髙橋 どういうやつ? リチャード・ロジャースみたいな?

学生 それもそうですし、何て言うか、それが全てにはならない感覚ってことですか? 後からついてくるというか。

髙橋 そうだね・・・。日本の、さっきの構築の表現というのは、リチャード・ロジャースも割と近いものがあると思う。「物を作った」という事実が痕跡になって、それが建築という存在を説得していくっていう、いわゆる唯物論みたいなことかな? 「ものは全てを語るんだ」という考え方、それはよく分かる。でもそれは哲学の一種で、その先は無いような根源的なものだから(笑

学生 今ちょっと、解せました。

髙橋 解せた(笑)? 振り切れてる人ってだいたい哲学的な思想を持ってるんだよね。「だったらこうしちゃえばよくない?」みたいなことで。でも今、唯物論終わったっていう人もいるんだよね(笑)

学生 困る(笑)

髙橋 だから、そこが建築の脅威です。「唯物論が、哲学的に重要になるのかどうか」。唯物論は「自然科学」とよく結び付けられてしまう。ここで言う「自然科学」っていうのは、「自然の事を大切にしながら、何か人工物を作っていくときの思考」のこと。そこに抜けてる考えが「倫理学」。ここでは自に対する倫理です。これは建築が補った方がいい分野なのかもしれない。例えば、地球環境に優しい建築にしましょうって時に、みんな屋上緑化したり風力発電でエネルギー入れたり、太陽光パネルとか言ってるけど、本当にそれでいいと思ってる?というような辺りのことです。地球に優しいっていうのが単純に北極の空のオゾン層の穴を作らないということなのか、二酸化炭素の量を減らすことなのか──。そういう指標と数字の話を、自然科学の中で近代的にやっちゃってるんだよね、倫理が迫っていない。それが人間の発達に繋がらないんではないかと。

 「人間というのはそもそもどういう生き物なのか」

 「生きがいとは何なのか」

 「人間が他の動物とは違う部分はどこなのか」

そこの一考が抜けている。特に環境分野はそんな感じがする。その傍らで「動物にも命がある」とか自然主義的というか文学的なことを必ず言う。笠井潔っていう小説家が面白いことを言っていて、東浩紀がわかりやすくまとめています。*3「近代で起きた戦争の前と後で、人間の価値観っていうのは、変わっていない」という風に言うんです。それは、「大量死=戦争に伴う虐殺」から「大量生=団地の大量建設」に移るという。つまり、人を大量に殺した後に人を大量に生かすっていうことをいろんな国の政府がこぞってやった。直結しませんが、あくまで現象として日本では広島が分かりやすくて、野沢(正光)さんが作った『市営基町高層アパート』周辺の団地・アパートっていうのがそれで、大量の生があるんです。つまり、人間っていうのはあくまで数字、という見方。『基町アパート』は建築設計によってそれに対抗しようとしたのだと思います。「人間を数値化する」という意味では、今の時代もマイナンバーとか、全部政治家がやるわけです。そういう意味で「人間性の倫理」っていうのは、これから先見直すものなんじゃないかなと思いますね。そういうことを知りながら、自分の好きなこと=建築をやるというのがいいんじゃないかな。上辺だけの正義感で生きててもしょうがないから(笑) そういう人たちを救うのが、哲学です。哲学的な考え方が大事だね。

学生 建築を作ると、みんなが使うじゃないですか。そこに正義感があるというか・・・「いい建築作ってみんなが使う」という考えがあると思うのですが。

髙橋 そこの満足感を射程にしてしまうと、(人が)来なくなった時にその価値がなくなっちゃう。その最たる例が商業建築ですよね。最近の公共建築って商業建築化していると思います。正義感っていうのが、社会的な正義感なのか、それぞれ一人一人が持ってる正義感なのかっていうのは大きな違いなんじゃないかな。例えば、人が来なくたって「この美術館は重要な美術館だ」って位置づけられる考えがあるのかどうか。究極的には入場者数っていうのは関係ないんです、美術館って。それよりも重要なのは、その絵を通じて、地球の何千年の歴史の中のその時代について注目が及ぶか、という事の方が重要なんですよ。だから、残すことが大事なんですよ、アーカイブにする。こうやってみんなで喋ってる内容も文章にしてちゃんと残しておくっていうことが、いずれ何百年か経ったら誰かが読むかもしれないじゃないですか。つくる建築も壊れないようにしないと(笑) 壊れちゃうとすべて消えちゃうからね(笑) 日本の建築なんてほとんどそんなようなもんだから嫌だな、と思ってね。ローマに行くと遺跡を見るじゃん、そうするとその時代とやっぱり会話してるような感じがするじゃない? 「ローマの時代の風呂は楽しかったぞ」みたいな(笑) お風呂入る時はこんな風に入って、みたいなのがあって。でもそれから後って全然分かんないでしょ? そこから今までの間、風呂が楽しかった時代ってどこだ?みたいな。風呂一つとっても「日本人と風呂」というのはどういうものなのかとか、風呂じゃなくても、料理でも寝るのでも恋愛でも、どういう風にしているのかっていうのを考えていくっていう──。 逆にもう全部 AI にすると人間にはどんな豊かさが得られるのかっていうのを考えてみるのは面白いかもしれないけどね。それはそれで興味ある。働かなくていいんですかね(笑)?

学生 どうやって朝起きるんですかね。

髙橋 目覚まし時計で起きるのかな(笑)勝手に起きるのかな?朝起きる必要はないんじゃないかな・・・。起きた時が朝・・・?そうするとどうやって食事するんだろうね。だってサンドイッチ食べようと思ってコンビニに行ったら人がいなくて、でもサンドイッチ食べるわけでしょ? もしくは誰かが運びに来るわけじゃない。UberEatsもきっと人じゃなくてロボットとか、ドローンとかで運ばれてくるんでしょ。

学生 逆に無理やり苦しむことを選ぶかも。なんでもやってくれるから、無理やり辛いことを自分でやる。

髙橋 今も割とそうだよね、ジム行ったりするもんね。子育てとかどうなるのかな?AI が蔓延った場合、AI が当たり前なわけですよ。Google に話しかけてる子供とかってどうなるんだろうね。何が楽しいんだろう。

学生 今はAI のミスが面白いくらいだと思います。Siriとかに話しかけても全然話が通じないのが面白いみたいな。

髙橋 そこに豊かさがあるのか、それでまた人間とは何か知りたくなるのか──。

学生 でもAIって建築作れないんじゃないでしょうか?

髙橋 確かにそうやって立つのは建築とは呼べないかもしれない。でも新時代の人は、それを建築と言う。その流れにあると思うし、下降している今も下降見方は当然あると思う。今中国の武漢とか、八日で病院が建つんだよ。でもその時だけならあんなのでいいんだよね。東京で街歩いてると、これ仮設だろって思うようなビルばっかり建ってるじゃない。今みんな二十二歳ぐらいでしょ? 小学校の時に見てた周りの建物よりも遥かに薄っぺらになってると思うよ。駅舍なんて全部仮設にしか見えないだろ? AIが作れば、もっとああなる、どうするんだろうね。あとお金の話もどうなるのかなって。仮想通貨というのもあるしね。

 

 

 

 

──インタビューの続きは、こちらにてご覧いただけます。→PDF記事:インタビュー誌面_髙橋一平

 

 

*1 横浜国立大学建築学科における、学部設計課題の一つ。子どものための公共施設を設計する課題。

*2 令和元年度吉原賞作品→リンク:小野正也「頂上広場が街暮らしのビジョンを映す -丘の低速交通・歩行空間化‐

*3 『動物化する世界の中で ―全共闘以後の日本、ポストモダン以降の批評』 (集英社新書)

 


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