interview #059 vol.1 ⽥中秀⼀


今回は、第⼀期⽣として横浜国⽴⼤学⼤学院 Y-GSA を修了後、株式会社アーキネットにてコーポラティブハウスのプロデューサーとしてご活躍されてきた⽥中秀⼀さんへのインタビューです。

⽥中秀⼀(たなか・しゅういち)

1983 年⽣まれ。2007 年横浜国⽴⼤学建設学科建築学コース卒業。2009 年同⼤学⼤学院 Y- GSA 修了。2009 年から株式会社アーキネット勤務(プロデューサー)。2019 年から株式会社 AXIS 勤務(コンサルタント)。

 

―――まずは、そもそもコーポラティブハウスとは何か、について、改めて教えていただけますか?

 

ではそのあたりから話を始めていきましょう。まずコーポラティブハウスとは、住宅取得を希望する数世帯が集まって、共同でつくる集合住宅のことです。集合住宅としての最⼤の特徴は「住む⼈⾃⾝がつくる」ということです。例えば⼟地の購⼊や建築⼯事の発注といった、様々な契約ごとも住⺠が直接⾏います。それから、住⺠といっても集合住宅では複数世帯(10 世帯前後が最も多い)になるので、建設組合という形で事業を⾏っていきます。このように、⾃分で⼟地を買って⾃分で建物を建てるということは、建売住宅を除けば⼀⼾建では普通の感覚だと思います。ところがなぜか集合住宅になると家は「買うもの」になってしまっています。コーポラティブハウスというのはつまり、ごく普通に住む⼈々がつくる集合住宅ということになります。

 

―――⼀般的にはあまり馴染みのない⾔葉ですが、ある意味⾃然な建物のつくりかたなのですね。

 

そうですね。⽇本ではまだまだ認知度が低いですが、歴史的には、⽇本における分譲マンションのような形式の⽅がとても特殊なことだと思います。コーポラティブハウスはヨーロッパや北⽶の国では今でも⼀般的な住宅取得⽅法の 1 つで、街によっては、都市全域がコーポラティブハウスをメインにつくられていて、余った部分をディベロッパーに分譲させている、くらいの地域もあります。例えばドイツのフライブルクなど、そういったところは⼤半がコーポラティブハウスで構成されています(注1)。新興国におけるソーシャルハウジングのような、住宅をセルフビルドに近い形でつくる地域を含めれば、世界中の様々な場所で実践されている⾃然な仕組みとも⾔えると思います。

 

実は、⽇本では昭和の頃(1970 年代から)に関⻄を中⼼に流⾏しています。当時の話を調べると、建築家(ヘキサによる都住創)が中⼼となり建物をゼロからつくっていたようです(注2)。 例えば「この⼀帯の⼈が住む集合住宅をつくろう」というところからスタートする。しかし、そうすると「いや⾃分はこうしたい」みたいな各々の要望が出てきて、まとめるのがひと苦労だったようです。こういった⼿間やバブルといった社会背景もあり、建築家主導のコーポラティブハウスは数を減らすのですが、⼊れ替わるようにアーキネットや都市デザインシステム(現:UDS)といった会社がいくつか出てきて、再び注⽬されるようになりました。この頃から、まずプロデューサーが設計者と⼀緒にある程度の⾻格やコンセプトをつくり、そこに賛同してくれる⼈を集めていくという、現在の⽅法が広がっていきました。

 

注1:『フライブルクのまちづくり ソーシャル・エコロジー住宅地ヴォーバン』(村上 敦、学芸出版社、2007 年)

注2:『都住創物語―コーポラティブハウスの冒険』(中筋 修、住まいの図書館出版局、1989 年)

 

―――地縁や⾎縁が近しい⼈同⼠で集まり、合意形成しながら⾃分たちの住まいをつくっていくというかつての⽅法から、まず設計者が⼤まかな⽅針を提⽰し、それに賛同する⼈々が集まってつくる、という⽅法に変化していったのですね。

 

そうです。この話をしていて思ったのですが、コンセプトと素案をもって賛同者を募るという点でクラウドファンディングのような仕組みとすごく似ています。初期開発コストやリスクを低減するという⽬的は同じです。

 

また、開発スケールをおさえている点でも似ています。例えば 1000 ⼾の集合住宅を売る(分譲する)となった場合、1000 ⼾分の開発リスクを負って、売り切ってくださいと⾔われるとものすごい負担だと思います。何かを切り捨てて合理化しないと物理的に扱えないというような、様々な課題が出てきます。⼀⽅でアーキネットがプロデュースしてきたコーポラティブハウスは、そこまで⼤きな単位は⽬指していません。もう少し顔が⾒えるくらいの、最⼤でも学校の 1 クラスくらいの単位です。1クラス分って、相⼿をきちんと認識できるちょうどいいスケールです。⼤体 10 世帯前後の規模を中⼼としているのはそのためです。そのスケールだったら、建築的にもコンセプトを持って、その⼟地や環境にあった個別解を考えていくことができます。アーキネットの仕事は、その中で実際にどういうものをつくるか、魅⼒を感じてもらえる⼈たちにどうアプローチしてゆくか、というところをきちんと整理していくことだと⾔えます。

 

「緑の丘」をコンセプトにした『緑ヶ丘のコーポラティブハウス』設計:若松均建築設計事務所 写真:鈴⽊研⼀ 提供:アーキネット

 

―――⾊々な⼈を巻き込みながら建築をプロデュースしていく中で、何か⼼がけていることはありますか?

 

⼼がけということなので少し抽象的な話になりますが、ひとつは第三の⽴場からプロジェクトに関わるということです。これは私⾒ですが、何かをつくりたいと願うクライアントがいて、それを実現できる⼈がいた時に、基本的にこの関係は⼀対⼀です。この⼀対⼀という関係は物事を進めていく時には難しい場⾯があります。感情的になりやすかったり、何というか、直接的過ぎると感じています。ただ、そこに第三の存在として関わることで、全体を俯瞰して⾒ることができる。実際に打ち合わせをしていると、伝え⽅や⾔葉選びが違うだけでお互いに同じことを⾔っているということがよくあります。プロデューサーは、専⾨家の⾔葉を噛み砕いてクライアントに伝え、クライアントが⾔葉にできていないことを発掘して専⾨家に伝えたり、ということを担います。ですからコミュニケーションといっても、翻訳に近い感覚ですね。そしてそれは、建設の現場でも同じです。設計者と現場の⼯事会社との間では、⾔葉も違うし、考え⽅の根本が違ったりします。そうすると、いいものをつくりたいという点では共通しているけど、意⾒が⾷い違ってコミュニケーションがうまくいかないケースが結構あります。そのときそのときで正解はないので、その都度第三の存在として関わり対話を続けていくことが⼤切です。

 

もうひとつは、最初の⾻格を考え抜くということですね。プロジェクトや建物ごとに⾻格のようなもの(スケルトンやコンセプトなど)が必要で、そこだけはクライアントに先⽴って考えていきます。ある程度決まった⾻格の中で、それぞれの要望を反映した細かい設計を進めていくので、クライアントにとって⾻格は「そこは変わらない」というスタート地点になります。なので、そこにどれだけ可能性を散りばめられるか、⼊れ込めるか、ということが⼤事ですね。この点がプロデューサーとして最も⼤切にしているポイントです。(もちろん、この 2 つはプロデューサーとしての役割のほんの⼀部で、実際には建築・不動産に関する広範な実務を担っています。)

 

―――アーキネットが設計者とともに提⽰した⾻格を下敷きにすることで、様々なクライアントの意⾒や要望が取り⼊れられてゆくのですね。そうした⾻格があることによって、建築家のつくる建物の魅⼒が⼀般の⼈々にも広まっていくのかなと感じました。

 

そうですね。前述のような 1000 ⼾の売れ残りリスクを前提としたり、単純にみんなの意⾒を聞いて合議制で決めていたら、平均化されて誰も欲しくないものなってしまうのではないかと思います。ですから、そうならないように最初にどれだけ⾻格をつくり込めるかですね。制限するためにつくるわけではなく、住⺠が⾃由に乗っかっていけるようなものを考えることが重要です。⾻格の中で、さらに⾃分たちの⽣活とか⾃分たちの空間を育てていけるということが、コーポラティブハウスの⾯⽩いところだと思います。

 

―――そうした、皆でつくるプロセスならではの恩恵として、どのようなものがあるとお考えですか?

 

学⽣の頃、どうしたらコミュニティができるのかというのは永遠の謎だと思っていました。本当に空間を介してつくることができるものなのか、という疑問でした。でも、コーポラティブハウスには確かにコミュニティがある。なぜかというとものすごく単純で、それはやはりプロセスがあるからです。コーポラティブハウスでは、⾒ず知らずの他⼈が⾃分たちの住まいをより良いものにしたいという共通の⽬的を持って、およそ 2 年かけて協働していくわけです。

 

アーキネットは、設計が始まって竣⼯するまで、あえてコミュニティづくりみたいなことはしていません。⾃然にできるものがコミュニティですから、そういう話も特別していません。ところが 1 ヶ⽉に1回、2 ヶ⽉に1回、打ち合わせで住⼈となる建て主が集まって話して、建物をつくるためにいろんな意⾒を出してもらったり、その感想を述べてもらったりを繰り返していくと、少しずつ相⼿のことが分かってくるわけです。⼦どもの場合はコミュニケーション能⼒が⾼くて会った瞬間みんな友達みたいになりますが、⼤⼈の場合も段階的なプロセスと共通の⽬的があれば相⼿との距離感が⾃然にできていく、コミュニティとはおそらくそういうものだと思います。仲良くすることがコミュニティなのではなく、お互いにとってちょうど良い距離感が定まった集合体がコミュニティということです。

「⼋雲コートハウス」中庭の⾵景 設計:飯⽥善彦建築⼯房写真:鈴⽊研⼀ 提供:アーキネット

 

ただ残念ながら、⼀般的な住宅の取得という観点では、現状ではこういうプロセスはほとんど⾒られません。それが分譲マンションや賃貸アパートの課題ではないでしょうか。最近では⼀部の分譲マンションが住⺠を少しずつ集めて、住む前の準備会みたいなものをやり始めたりしています。やっぱりみんな今のままでいいと思っているわけではなくて、分譲マンションも変わろうとしているし、ディベロッパーやハウスメーカーもみんな住⼈同⼠のつながりをつくる⼯夫を考えるようになってきました。⽴場は違いますが、同じ⽬標に向かって考えている。特に若い⼈はそういう⾵になってきていると感じます。建築を学んでいるとどうしても分譲マンションはダメだ、みたいな発想になりがちですが、あれはあれで、例えば仕事をしながら負担なくいい暮らしをして欲しいとか、ある意味では純粋に⼈のことを考えてつくってきたものだと捉えることもできます。ただ、ちょっと極端になりすぎたのと、あまりにもそういうものばかりになってしまったので、おかしいと感じる⼈が増えている。でもそういう世の中全体の感覚も、だいぶ変わってきているのではないでしょうか。

 

―vol.2へ続く


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