《卒制2020》13/15 大原一興+藤岡泰寛


《卒制2020》13/15 大原一興+藤岡泰寛

《卒制2020》インタビュー掲載企画、第10回は、計画系の大原一興さんと藤岡泰寛さんです。

建築計画をご専門とされるお二人に、建築計画にとどまらない様々なお話をお伺いしました。

―――中略―――

 

五 プログラム

 

尾藤 プログラムについてもう少しお伺いしたいのですが、さっきもおっしゃっていたように横国の卒業設計はプログラムについて考えているものが結構少ないと感じています。ただ、横国の設計教育の中では、学部三年では、図書館や保育園の課題でも求められているものは単なる図書館や保育園ではないものを求められます。プログラムを考えることが難しくなっているのかなと思っていて、高層の建築でも小さい建築にしても、安直にカフェを入れるということになっている気がしています。なので、街の中で小さな団体や町の人の営みをプログラムにしていく時に、どうするべきかお伺いしたいです。

大原 それって今の全体的な建築の傾向じゃないかな。決して僕はいいとは思わないけど。何でもかんでも公園みたいな建築が多すぎるなと思ってます。場とか空間とかを提示するだけで、あとは人間の力によって自由に何にでも使ってください、みたいなものが多いよね。実際に作られるものはそれでいいんだろうかっていうのはいつも思っています。そこでひとつの切り口で、「主が誰なのか」っていうことを建物は持っているはずなんです。不特定多数の人が利用できる公園だったり広場だったり、そういうようなものだけじゃなくて、人格を持った施設があると思うんです。それがプログラムだと思うんだけど、誰がそれを運営して、どういう方向性で施設空間を意味付けていくかっていうことがある。そのことに関しての無関心がずいぶん広く行き渡っている感じはします。プログラムをはっきりさせるためには、誰がその施設を責任持って回していくのかっていうことを考えていくべきだし、図書館だったら図書館の司書とかがいるわけだし、病院とかだったら医療スタッフがいるわけだし、そういう人たちの視点で、ものを考えてみればいいだけだと思うんだけど。それが今は、どうぞいらっしゃい、みたいな施設ばかり考えてる気がするけど、こういう場を提供したいっていう提供する側の論理みたいなものを入れていくと、もっと思考のトレーニングとしては複雑になってよくなっていくんじゃないかなと思います。そういうのは是非やってもらいたいなとは思いながら、でも現実的に今建築としてはいかに懐の広い場を提供するかをみんな求めていて、建築を作る側の興味がそっちに集中しているのかなと思う。そういう意味では今の時代あまりプログラムに関心が持たれていない気がします。ただ僕としてはちょっと不満なんだけど。建築計画としてはそういうプログラム視点から考えてくれる人がもっといてくれてもいいかなっていう感じはもっています。

藤岡 例えば、学校建築については、今年は少し例年の傾向と違っていたかな。今まで学校って言うと、職員室があって教室があって、学校っていう組織体がコントロールしていましたよね。でも一旦バラバラに分解して、住宅の部屋よりは一回り大きいけど、ホールよりは小さい、中くらいの教室のスケールが町の中に埋め込まれると、学校という組織体も変わっていくという提案がありました。教室としても使えるし、商店街がお店として使ってもいいし、福祉事業者がデイサービスセンターとして使ってもいい。主がころころ変わるみたいな、そういう汎用性の高さを目指そうとしているように見えました。建築を用意することで、プログラムが少しずつ変質しても建築は変わらなくていいみたいな、こういう提案はこれからの建築のあり方としては十分にあり得るなと感じました。実際にやろうとすると大変だけどね。文部科学省と経済産業省と厚生労働省がまたがるからめちゃめちゃ大変なんだけど、でも先に建築として提案してみせて賛同を得られれば社会の方が逆に変わっていける。それも建築の良さで、先に形でちゃんと見せられる。こういう提案がもっとたくさん出てくるといいなと思いました。プログラムも一つじゃなくていいはずだから。プログラムそのものをあまり固定的に決めつけない方がいいんだろうなと思います。

  

 

六 建築の幅がどんどん広がる

 

藤井 最近思うのが、近代開発とか勢いでいっぱいできてしまったものを解体することでうまくいくっていう提案をするがゆえに、場を作るだけということになる傾向にあるのではないと思っています。現段階で改めて建築を新しく設計することを考えないといけないのかなっていうことを卒業設計が終わってからすごく思って、でも卒業設計でそれをやるのは横国ではすごく難しい。それは今までやってきた課題がそうさせているのか、今の横国の先生方のスタンスの結果なのか。色々考えてしまうところがあります。

大原 逆に今、新しい存在感のある建築をどれだけの人が求めているのかがよく分からないですね。結局新国立競技場もザハの時は批判ばっかりありましたよね。一方で、経済活動としてはタワーマンションとかやたら建設されている。どういうところに新しい建築の建設行為は求められているのかなっていうのはよく分からなくなっている。プログラム的に考えると、生活を支える施設は人口が減っていく中でそんなに求められないだろうし、これからは今までの建築を修復したり空間の豊かさをそこに付与したりしていくみたいな感じなのかなと思っています。そういう世の中なんだろうなっていう風には思います。

藤岡 先輩達を見ていると、世の中それほど大掛かりな建築が求められていないんだって思うことがあります。たとえば、403architectureとかtomitoとか、地域に入り込んで、建築以外の活動にも手をのばしています。403の彼らは建築っていうジャンルを飛び越えて、壁ひとつ、天井ひとつ、家具ひとつから関わっていくことで、かえって街全体へ関与するスタイルをとっています。従来の仕事の枠組みにこだわらないことで、かえって街の中にいろんな形で入り込めていく。そういうスタイルも新しいなって。先ほどから大原先生がおっしゃっている建築そのものを新しく建てることを、世の中はあまり求めない時代になってきているとすると、少なくともそういう仕事は減っていくと思う。だけど、建築という職能が社会に必要ないかというとそんなことはなくて、形を変えながら必要とされる領域っていうのはたくさんあると思います。インテリアと近づいたり、例えば仲さんの食堂付きアパートみたいに経済活動と近づいて、建築として世の中に現れたりとかしてますよね。藤原さんがおっしゃっていたのは、今まで建築とはこういうものだっていう決めつけ的な教育が自由を奪っていたということ。学生の頃は、これから建設業大変だよってずっと脅されてきたけど、本当はそうじゃなくて、これから建築の幅はどんどん広がるから、建築以外のことももっと勉強しなさいっていうべきだったんじゃないかと。この視点は強く共感する。新しい建築、つまり新築の建築はそれほど求められなくなっていく時代だとすると、積極的に飛び出していかないと、世の中に着地できない時代なんだろうなって思います。大変なのは間違いないけど、誰かが大きなレールを敷いてくれてるわけじゃないから、かえってやりがいがあるとも思います。

 

九 建築出身者という職能

 

尾藤 卒業設計に限らず、実施設計において、建築計画として今、感じていることや関心があることなどあればお伺いしたいです。

藤岡 だんだん世の中では建築計画があまり必要とされなくなってきているあたりは非常に危機感を感じてはいます。

大原 そうなの?(笑)

藤岡 例えば地域包括の現場をみていると、多職種連携といいながら建築の専門職は現実にはあまりチームに入ってこないことの方が多い。世の中の仕組み・繋がりの中に建築の職能を持った人がどうやったら入り込んで行けるか、難しい世の中になっている気はします。

大原 僕は現実には結構入ってきていて、箱ものだけじゃないないところに建築出身の人が関わっていくことはだんだん広がってきているように思うのね。だから建築っていう概念自体が工務店とかそういう感覚じゃなくて、もっと地域全体を、それこそまちづくりなんかも含めた全体をコーディネートする役割ということで広がっていると思うので、そういう風に建築を捉えればいいのかなって思います。制度的に職種として位置付けるのは必要で、地域包括センターに環境建築士みたいなのを配置させようっていうことは政治的に色々やっているけど、なかなか認められない。国交省と厚労省との難しい問題があって、政治的にはなかなか出来ていないっていうのがあるけど、現場では意識が高まっているし、建築士の資格を持ってそういうところに出てきている人は確実に増えてきていると思います。逆に言うと建物を建てるっていう仕事がなくなってきているかもしれないけど、それはこれから建築出身の人の職種を何と言うかだと思います。建築出身者って言うか建築関係者って言うか、そういう人たちの出番というのは確実に増えているし、増やしていくっていうのはいいと思います。

藤岡 建築の専門職をどう表現するかは難しくなりますね。僕は今子供が小学四年生で将来の仕事とかに興味を持ちだして、本屋に行くと仕事図鑑とかあるのね。建築士とか必ず載っているんだけど、未だに図面とか製図道具を抱えて大きなビルを建てるみたいな職種として描かれている。でも、世の中での建築の仕事はそうじゃない部分がかなり広がっている中で、まずはここから変えていかないといけないんだなと思う。建築出身の人はもっと色んなところで活躍しているっていうことが、仕事図鑑の段階から排除されてしまっている。五十嵐さんと菅野先生がそれに関する本(『14歳からのケンチク学』彰国社、五十嵐太郎編)を書いていらっしゃいますよね。どこかでそういう大学に入ってからの建築の学びだけじゃなくて、あるいは建築士として世の中に出たプロジェクトをどうするかってことだけじゃなくて、教育の部分から建築っていう職能のあり方とか可能性のあり方をどんな風に伝えていくかということも凄く大事ですね。

大原 あと最近は学生が憤ってないなっていう感じがありますね。現場の意識がないことからしても、現代の課題の見つけ方は割と予測可能でありがちな課題。逆に言うと普遍的な、一般的な課題になってしまっていると思う。だから、具体性っていうところのプログラムに行き着かないと思うんです。本当は僕自身怒っているとすれば、前よりみんな貧困の問題を無視していますよね。今、結構貧困の問題は世の中にあるんだよね。僕の住んでいる地域でも実は貧困が見えている。見ようと思えば見えてくるんだけど。だから、社会のここがおかしいんじゃないかって言う視点を持ってもらうといいかなと思います。卒業設計であまりそういうのは出て来なかったけど。あとは巨大プロジェクトに対する反感みたいなものとか、そういうものがもっとはっきりアンチテーゼとして現れて来たりそういうことがあってもいいかな。割とみんな物分りのいいものになってきているかな。

藤岡 寿町とか今年はなかった。この間大阪に行って、大阪もそういうドヤ街とかがあって、そういうところの居住支援に入り込んでいる先生についてまわって、空き家を活用している例を見せてもらった。地域では、横浜の寿町で言う福祉総合センターのような施設を建て替えようとして、居場所がなくなる、と反対運動が起きている。そういう事に寄り添っていくことも大事。たとえば、空き家のリノベーションでアプローチしようとする。でも現実社会の中ではリノベーションするってことはお金を出せる大家や組織体がある程度いることが前提でないと動かない。少なくとも大阪のドヤ街ではこうした手法はいまのところ汎用性を持たない。そういう切実な居場所が必要とされている地域とか貧困の問題とかに建築のプロフェッショナルな仕事が求められている中でどのように介入していくかっていうのが社会課題としては重要度が高いと思います。でもあまり表に出ないからみんな気づかない。そういうところに迫っていくようなテーマが最近ないですよね。寿町も綺麗に建て替わっちゃうから、どんどん見えなくなって来ているっていう危機感は確かにあるなと思います。

大原 今の渋谷の変わりように対しても誰も何も言わない。MM21ができるときは散々それに対する対抗提案みたいなものが出ていたんですけどね。だから、渋谷のあり方に対して、みんな割と楽しんで見ている感じがあって、本当にそれでいいのかなって感じます。

藤井 私も楽しんで見ているんですけど、ここ最近やばいなと感じています。出来上がるとゾッとするというか、現実が見えてくるというのがあります。

大原 象徴的な未来社会だよね。でも、その辺は難しいですよね。たまにはそういう人が出て来てくれてもいいかなと思います。
  

──インタビューの全体は、こちらにてご覧いただけます。ぜひご覧ください。→PDF記事:インタビュー誌面_大原一興+藤岡泰寛


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