編入生座談会 在学編入生5名×藤原徹平、田中稲子

[2015.08.23]



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 大学には高校生からの受験の他に編入試験制度があり、横国の建築にもそれを通過して学部2年生から入学する学生がいます。編入には、中学卒業後、工業高等専門学校という場で5年間の一貫教育を経て高度な専門知識を身に付け編入する「高専編入」と大学で学士を取得した後、さらなる専門性を求めて編入する「学士編入」があります。今回は現在在学中の編入生5名と藤原徹平、田中稲子で座談会を行い、少数派の視点から横国の建築に編入することについて語りました。



編入生紹介

高専編入          

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 住田百合耶(すみだゆりや)

 1991年広島県生まれ / 2012年呉工業高等専門学校建築学科卒業   

    同年横浜国立大学理工学部建築EP編入  /  2015卒業

現在横浜国立大学大学院Y-GSA修士1年



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     塚本安優実(つかもとあゆみ)

                             1993年石川県生まれ /  2014年石川工業高等専門学校建築学科卒業   

   同年横浜国立大学理工学部建築EP編入

現在学部3年生



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宮崎太郎(みやざきたろう)

1994年広島県生まれ / 2014年呉工業高等専門学校建築学科卒業

同年横浜国立大学理工学部建築EP編入

現在学部3年生

 


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大谷功貴(おおたにこうき)

1994年広島県生まれ / 2015年呉工業高等専門学校建築学科卒業

同年横浜国立大学理工学部建築EP編入

現在学部2年生

 


学士編入          

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楠元彩乃(くすもとあやの)

1988年東京都生まれ / 2011年卒業年早稲田大学教育学部生涯教育専修卒業

2013年卒業早稲田大学大学院教育学研究卒業

2014年横浜国立大学理工学部建築EP編入

現在学部3年生




座談会 ー高専編入と学士編入について考えるー 

なぜ横国なのか          

藤原 まずはそれぞれ、どういった動機で横国に編入したの?

住田 私は、もともと大学に編入することは高専の早い段階から決めて、建築意匠が好きだったので将来は設計を仕事にする事も決めていました。その中で環境の良い大学を調べているうちに、学部を3年できることや横浜という場所性もいいと思い、横国に行きたいと思うようになりました。

塚本 高専の3年生になる前の春休みに豊島に行って、西沢立衛さんの建築を見て感動しました。あと、金沢には21世紀美術館もあって、石川で建築を学ぶ学生にとってはとても影響力のある建築なので。西沢さんの母校であり、現在教えている大学というところから横国を知りました。実際に4年生で進路を考える時に、クラスの友達と関東の大学を見に行くことになって、色々な大学を回って、Y-GSAに来たときにいいなと思いました。

田中 高専のある街に、いい建築を建ててもらうのはいいね。いい広告塔になる(笑)

宮崎 高専の4年生で就職系と進学系に別れる時に僕は進学系に進みました。進学系では英語と応用数学をする進学対策に特化したグループに入るんです。それをしつつ、専門系の勉強もするのですが、そこで英語や数学は他の人と比べて苦手でしたが、専門系は人一倍程度はできました。それで横国の試験内容を調べた時、専門だけということを知って、これはいけるぜと思いました。(笑)

大谷 僕は今年編入してきました。もともとデザインが好きで、設計全体をさらに勉強したいと思いました。それで先生に相談をするとまず横国を勧められました。その時は何が良いのかまだよく分からなくて、高専の設計課題で、先生に「デザインに至るまでのコンセプトというか、考え方のプロセスや仕組みがまだ足りなくて、そういうものを突き詰めていくとデザインの強度が増すよ」とアドバイスされました。それで横国は都市というスケールから考えるプロセスやコンセプトに対して重視していると研究室の先生や既に横国に入っていた住田さんに聞いて、僕にはここが向いてるのかなと思いました。

藤原 なるほどー。楠元さんは学士編入だよね。もともとは何学部だったの?

楠元 早稲田大学で教育学を専攻していて、ずっとソフト面について考えていたんです。もともと住宅や公共建築に興味があって、修士1年のときに学校建築をテーマに研究しました。根っからの文系で数学もできないので選択肢がなかったのですが、ソフトを知った上でハードである建築もやってみたいと思うようになりました。教育学は机上の空論で終わる事が多くて、だからどうするかという次のステップがないことにもどかしさを感じていました。

 

自分の興味と専門の必要性          

田中 学士編入の受験科目はどうだった?

楠元 小論文と面接です。数学とかの試験をプラスで設けた方がいいかもしれないですね。でも正直な話をすると早稲田の建築を受けたのですが、数学の点数が悪くて落ちてしまいました。早稲田を2月に卒業して、2月末に編入試験があって、勉強の準備期間が足りなくて。でももともと行きたかったのは横国だったので、早稲田は試しに受けてみようという感じでした。そのあと、1年経って横国の学士編入を受けて、まさか受かるとは思ってなかったのですが、通りました。

藤原 単に社会に出るのが嫌で学生をしようと考えていた人も過去にいて。だから学士編入の場合、なんで建築に来るかっていうのを、面接でしっかり聞くようにしてるんだよね。前が嫌で次行くってのは、次行ったところでもまた嫌だってなる可能性が高いから。つまり、自分のことっていうよりかは、相手を批判して物ごとを進める人が中にはいる。それよりかは、自分で興味がある事をやるためにはさらにこれが必要だってなることが重要。例えば、建築を学んだけど、さらに経済が必要になっていくのは悪くなくて、その両方が被る所に自分の職業として探して行くっていうのがいいと思う。「建築、僕向いていないと思うので」っていう人は、向いてないだけじゃなくて、向いてない事をそう簡単に諦めるってことで、何についても厳しく見られちゃうよね。そこは日本社会の厳しいところではあるけどね。専門変えたりするときに、結構社会は厳しい反応はあるよね。

楠元 うですね。身を持って感じました。まったく門戸が狭いというか。海外だともっといろいろあるじゃないですか。日本ってまだまだそういうところがあまいなあと思います。

藤原 多様性は大事だと思ってるから学士編入の門戸は開いておきたいなあと思っています。

 

二年次編入を経験して          

藤原 横国の建築は二年生からの編入で、高専編入は他の大学よりも一年多いよね。それは気にならなかったの?

住田 いや、むしろ嬉しいぐらいでした。

田中 めに学べるからいいっていう前向きな理解があるんだろうね。そういう人しか受けてこないから。

藤原 いいよね。どういう点で2年生から学べるのはいいと思った?

住田 計がちょうど始まる時期というのがよかったと思います。2年生後期の「アーキファーニチャー」という建築と家具との間を考える最初の設計課題で、本当に設計の仕方、考え方から高専と違っていて衝撃を受けました。その新しい価値観の土台となるところを通り越して3年生から始めていたら、結構まずいと思います。みんなと一緒に始めるっていうのが出来るからいいですよね。

田中 設計課題の内容も年々変わりつつあって「アーキファーニチャー」をやっていない学年もあると思うけど、それでもやっぱり2年生から入るということに対してはどう高専とは違っていた?

塚本 〜、正直なところ2年前期の製図の授業は精神的に結構辛かったです。卒業設計を高専で終えた後にまた最初から製図を始めるっていうのはなんか遅れているような。内心、もっと次の段階のことをやらないといけないのにっていう気持ちはありました。なんか鈍っていくんじゃないか、衰えていくんじゃないかっていうのがあって、それが強かったです。

田中 前期はとっても焦っていたのね。

藤原 なるほど。貴重なご意見。える側も焦っています。一年後期の授業で、「身体と空間」という北山恒さんがつくった授業があって、むしろ高専から来た人も取ってほしいくらい大事な授業。毎週作品を提出して毎週プレゼンだから、えぐい授業なんだけど。2年生になったらスタディーしてきたものを何週間かに一回出すだけじゃない?早稲田も毎週プレゼンがある。それで伸びる人はどんどん伸びるよね。

塚本 専の時に製図の授業で点数が60点以下の人は住宅の図面A3とかで書いて提出したら1点になるという制度がありました。その日1日で。

宮崎 ありましたね、2級建築士試験の図面を1日で書いて提出とかも。

藤原 れ面白いね。いい教育しているね。

田中 パルタだね。

 

「若干名」の可能性          

藤原 横国としては全国の設計できる高専生を全員採りたいと思ってる。だけどあまり定員が多すぎても高専コミュニティができてしまうからよくないね。

塚本 定員が少ないからこそ、横国に入るために頑張ることがまた成長するという気持ちは強かったです。

藤原 かなり慎重に選抜しているんだよ。ポートフォリオはY-GSAの教授も真面目に見ているよ。

塚本 私は、ポートフォリオで高専の課題として載せたのは一個しかなくて、他はコンペを載せました。

藤原 あぁ、そういう積極性っていうのは必要なのかもしれないね。当たり前だけどそれぞれの高専での教育方針の中で課題に対して評価があるから、どうしても評価されることをやる。それはやっぱり見ていて可哀想だなと思う。その中でも書いてある文章とかで、あっなんか考えてる、考える力がありそうだなっていう人は評価を高くしているかな。


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専門科目のみの受験を選ぶこと          

住田 横国への高専編入の場合、受験科目が本当に大きくて、筆記の試験が専門科目だけなので「本当に建築を勉強したい」という意識がある人じゃないと受けないだろうなと思います。

藤原 それは、いい事だね。

宮崎 でもやっぱり他の大学をすべり止めでいっぱい受ける人が増えて、すべり止めを受けようにしても、そっちの大学の方に数学や英語があるので、本命の横国が逆に疎かになりますよね。そこは受験する側としては難しいところではあると思います。

大谷 実際、専門科目だけっていうのでここを受ける意志が固まりました。

藤原 うん、建築に集中できるっていうのはいいよね。その点、入ってから英語の対策はした方がいいかも。英語の授業すごい増えてるから、逆に英語でやってる普通の授業取ればいいんだよ。

田中 大学院へ進学考えている人は後で参考書かったり予備校通うくらいだったら、絶対大学の授業で鍛えた方がいいよね。

塚本 私も横国の編入の試験制度は、受かったから言えるんですけど自分にとって良かったと思います。

田中 二級建築士の勉強にもなるから、そういうモチベーションになるしね。でも単位が違うから、試験の内容も習っていない部分が結構あるって聞いたけど。歴史や環境・計画も飛ばしてやってるところが結構あるらしくて。だから足りていない部分は先生に聞いたりして、補っているんですよね?

塚本 生の部屋に入り浸ってやりましたよね。それで、先生とも仲良くなったりして。それも今思えばいい経験でした。

住田 部教えてください!みたいなかんじでした。もう、お前は授業料プラスで払えって言われました。(笑)

藤原 もやっぱり、そういう意味では覚悟が決まった人が来るっていうのはいい事だね。代々、高専の人はすごくいい感じに就職して行くというか、社会に出て活躍する人が多いんだよね。畝森泰行さんとかそうだよね。畝森さんは学生時代からなんというか、覚悟が異常だったね。

塚本 、2年最後の駅の課題で、非常勤で来られていた畝森さんに、ぬるい!って言われました。もっとできるだろって。(笑)

藤原 畝森さんらしいね。初期の妹島和世さんの事務所で21世紀美術館を担当した吉村寿博さんも覚悟が違うなあという印象だった。

 

実務を早めに経験すること          

藤原 なんとなく、畝森さんも途中で休学して西沢大良さんの事務所に入り浸って、復学してまた西沢大良さんの元に戻ったり、吉村さんもかなり初期から妹島和世さんの事務所に入り浸っていたり、やっぱり高専生のメンタリティーと実務は関係があるような気がするなあ。だから早めにインターンシップとかして実務っていうものを通して自分が身につけてきた実学的なものと考えるってことがどういうふうに社会の中で実践されてるかを知った方がいいんだと思う。

住田 専生で編入していない同級生の中で、もうゼネコンや大企業で現場監督やってます!みたいな人が周りにいっぱいいて、どんどん現場に出て実務をやってるので、そういう危機感みたいなものは常にあります。

藤原 だからやっぱりそういう意味では早めにインターンシップをして、自分の中でこういうことなんだって腑に落ちないと、多分うまくいかないこともあるんじゃないかなーという気はします。空回りしちゃうんだよね。それは気をつけた方が良いかもね。学士編入の人は事例が少ないからなんとも言えないんだけど。(笑)

楠元 輩もいなければ後輩もいないみたいな感じなので、そうですよね。(笑)

 

最後に、今後、編入を考える人へ          

住田 私は建築を受ける人というよりは高専生全員に。高専生ってすごい個性的なんですよね。やっぱり中学生の段階からそういう道を選ぶ人たちが集まってるので面白い人たちがいっぱいいるんですけど、卒業後は大手の企業に就職する!と考えている人が多くいて、それはいいことでもあるけど、一方で決められた道に行っちゃうイメージも大きいです。だけどこういう人たちがもっと大学に進学して学んでより高度な知識を身につけてイノベーションとか起こしたらすごく面白いだろうなーって思うのでぜひ今後、進学する人がもっと増えてもっと多様になっていけばいいなと思います。

藤原 うん。そのためには大学自体もイノベーションを起こすような場になってなきゃいけないね。まだ足りないなーって思うなあ。

塚本 横国の教育環境が手厚いからではなく、いろんなすごい建築をつくってる先生たちがいるからそこに行きたい!と思っていました。あっちからなんかしてもらえるってよりかは、その人達がいる環境に行けるっていうのが凄い。そういうモチベーションって大事だと思います。

宮崎 高専で5年間勉強して、その中でデザインに興味があるとかもっといろんな人と関わって設計したいと思うのなら、ある程度、自分の可能性を信じて挑戦すること自体に価値があるのかなと思います。それが自分の付加価値にもなりますし。

大谷 僕が受験生の時も、まず横国は受験科目的に見た瞬間無理だとか、1人しか受からないんじゃないかとか、受験の内容だけで大学を決めてしまう人が多くいたと思います。僕は結構、挑戦好きというか、その後の達成感が好きなので試してみたかったっていうのもありますが、すぐ諦めるのではなく時には賭け事だと思って挑戦するのも大事かなと思います。

楠元 私は学士編入の方に向けて。建築以外でもどんな分野でもいいので、自分がやってきた事と違えば違うほどそれが面白くなりそうな予感がしてるので、自分の中での数%の可能性を捨てないで、必ず夢は叶うじゃないですけど、信じて来て欲しいなって思います。大学から先のことは保証は無いですが。(笑)

 

藤原・田中 ありがとうございます。大変参考になりました。

編入生 ありがとうございました。


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横国建築 編入生OBより ―大学時代を振り返る―

                                                   

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吉村寿博 (よしむらとしひろ)

1969年鳥取県生まれ/1990年国立米子工業高等専門学校卒業/1995年横浜国立大学大学院修了/1995-2004年妹島和世建築設計事務所・SANAA勤務/2004年金沢にて吉村寿博建築設計事務所設立/2007CAAK: Center for Art & Architecture, Kanazawa共同設立/2004-2009年横浜国立大学非常勤講師/現在、金沢美術工芸大学、金沢工業大学、金沢大学非常勤講師

 僕が高専から横浜国立大学に編入学したのは今から25年程前。その間、教育制度や社会情勢は大きく変わった。僕が通っていた頃の高専は、建築学科のデザイン教育も今程盛んではなく、高専の本来の目的である即戦力の技術者養成という色合いが濃かった。横浜国立大学の強みは自由な発想を延ばすデザイン教育であり、Y-GSAの体制が整った現在の状況はとても理想的な環境だと感じる。横浜国立大学は2年生への編入学となるが、僕にとってはこの点も都合がよかった。横浜での生活、大学での勉強など、適応しなければならない状況が多々あり半年程はあっという間に過ぎた。2年後期からようやく設計演習の授業が始まり、この頃から仲間との交流が活発化する。そしてあっという間に1年経過。3年生の1年間は横浜から少し外に出始める時期。いろいろな環境にも慣れ、設計することの楽しさを学んだのは3年生の1年間だった。もし編入学が3年生からだったらと思うと、あまりに慌ただし過ぎて自分の性格には合っていなかっただろうと感じる。現在、大学の非常勤講師として複数の大学に出入りしているが、近年の就活状況は悲惨で(既に制度は変わったかも知れないが)3年生の12月から就活は解禁となり、学業もそこそこに就活に入る。3年生の後期と言えば僕が設計の面白さをやっと掴みかけた頃で、自分が将来何を生業としたいかなど、まだまだ決められなかった時期だと思う。それ以上に、多くの大学では3年生の最初に意匠設計、都市計画、構造、環境などの分野から自分の進む方向を選択せねばならず、専門化のタイミングがどんどん早まっている。高専から編入学して直ぐ、大学の事もよく分からないまま専門を絞っていくのはあまりに不合理。人によって感じ方は様々だろうが、不器用で環境に馴染むのに時間がかかる僕にとっては、2年次編入や教育方針を含め、横浜国立大学の選択はベストだったように思う。


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畝森泰行(うねもりひろゆき)

1979年岡山県生まれ / 1999年米子工業高等専門学校卒業 / 2002年横浜国立大学卒業 / 2005年横浜国立大学大学院修士課程修了 / 2002-2009年西沢大良建築設計事務所勤務 / 2009年畝森泰行建築設計事務所設立 / 2012-2014年 横浜国立大学大学院Y-GSA設計助手

 僕は鳥取県にある米子高専を卒業し、その後横浜国大に編入学した。他の大学と異なり、横国は2年生から編入と決まっているのだが、高専で5年間学んだところから逆戻りする感じもあり当初は少し戸惑ったのを覚えている。

 だが、その2年生を経験したことが僕にとって大きかった。まず立ち止まることができたこと。高専の延長で専門性を深めていくのではなく、例えば9スクエア・グリッドの課題のように身体的なスケールや抽象的な概念のなかで空間を考えていくプロセスは新鮮だった。それは異なるスケールや様々な視点で行き来しながら考えることであり、建築の複雑さや難しさを学ぶことでもあったように思う。

 また建築を創造する根本的な姿勢にもう一度触れたことも大きい。設計の課題の度に徹夜をし、ぼろぼろになりながら自分の案をつくってくる同級生の姿に、必死に何かを掴もうとする普遍的な創造への欲求を感じた。誰もが等しく「つくる」という行為に参加できること、またその広がりに大いに気づかされた。

 思い返せば、それらは全て自由な時間のなかに起こっていた。建築や都市について言葉を発し、模型や図面をつくって考える。それを一人で、また皆で悩んだ。場所も手段もルールを感じなかったのは当時の素朴で開放的な横国の環境に身を置いたからかもしれない。経験や過去に捕われずもう一度自由に建築に向かうことを何より僕は学んだ。それは建築を創造していくうえで最も大切なことであったと今改めて思う。

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山手通りの住宅


                                                   

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橋本健史(はしもと たけし)

1984年兵庫県生まれ / 2005 / 国立明石工業高等専門学校建築学科卒業 / 2008年横浜国立大学建設学科建築学コース卒業 / 2010年横浜国立大学大学大学院修士課程建築都市スクールY-GSA修了 / 2011403architecture [dajiba]設立 / 2014年吉岡賞受賞 / 現在名城大学・筑波大学にて非常勤講師。

 私が建築の道に進んだきっかけとなったのは、明石高専の建築学科に入学したからです。それまでに建築を体験して感動したとか、建築家に憧れたなどというようなことはなかったのですが、建築の図面というものを見て、非常に魅力を感じたことを覚えています。ですので、何か貪欲に建築を学問として学ぶというよりは、建築以外にも自分が興味のあるものに向かって、あっちからこっちとふらふらとしながら、4年ほどを過ごしました(つまり、非常に成績は悪かったということです)。そうして10代も終わりとなる頃に、あらためて自らを顧みて、どうやら私がおもしろいと感じてきた様々なことは「建築」につながっていくのではないかと思いました。特に興味深かったのは「建築家」と呼ばれる人たちが関わっている領域でした。

 しかし、そうはいっても「建築」のことはあまりよく分かっていなかったので、非常に単純な発想で、一番おもしろそうな「建築家」が教えている大学に行こうと思い、横浜国立大学に進学しました。当時は、北山恒さんと西沢立衛さんの2人が常勤としておられました。また、のちに大学院でも教えてもらうことになる山本理顕さんや飯田善彦さんをはじめ、非常勤としてたくさんの建築家のみなさんがおられました。特定の師匠を持たない私にとって、先生方と交わした膨大な言葉が、建築観の基礎となっています。

 そういえば、私は現在403architecture [dajiba]という設計事務所を共同で主宰しています。この403というのは横浜国大の建築学棟の製図室の番号からきており、そのときに机を並べていた面々が今のパートナーとなっています。401号室はマイペースで優秀な学生が集まり、402号室はコミュニケーション能力が高く優秀な学生が集まり、403号室は手を動かさずにあーでもないこーでもないと延々と議論をするどうしようもない学生の集まるところでした。学生の間にしかできないこととされるものには、本をたくさん読んだり、長期の建築旅行するといったことがあり、それももちろん非常に重要ですが、自分の周りの同じくらい無知な者同士で、とことん議論するというのは、何にも代えがたい土台となるのではないかと思っています。

 横浜国大というのは、先生方も学生同士もリベラルというか、対話を重んじており、都心から離れた自然豊かな環境とも相まって、粛々と建築に向かうには、適した所だと思います。そのようにして、自らの建築の基礎と土台を築くことができたのは、幸運なことだったと思っています。


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左:海老塚の段差 / 右:富塚の天井




教育デザインの目線から ー「高専からの編入生」ー

                                                   

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佐伯亮太(さえきりょうた)

1988年生まれ / 明石高専建築学科卒業後、山口大学感性デザイン工学科へ編入。Y-GSA修了。 / 現在明石高専URA(リサーチ・アドミニストレーター)として学科を横断した教育カリキュラムのデザインをおこなう。その他、地域との教育場づくり、ワークショップファシリテーターなど。

 「高専からの編入生」。学部2年か3年になると、突然そんな人が現れる。構造に強く、CADも使えて、コンクリートの調合設計も知っている。そんな彼らは、独特の奇妙さとともに、自然とその場に溶け込んでいく。

 数年前、私も「高専からの編入生」として大学に入学しました。高専は15歳から20歳が学ぶ独特な空気の場です。15歳、入学直後に安藤忠雄やコルビュジェを知り、小さなトイレの設計を始めます。まずは線の引き方から。ホルダーの芯を尖らせ、T定規や勾配定規を操り、1枚のケント紙をこれでもかというほど丁寧に扱います。5年生(19)になると就職・編入の選択を迫られ、「もう少し建築について勉強したいな」と思った人たちが編入(進学)していきます。

 大学に入ってまず驚くのは、みんながたくさんのスタディ模型を創ること。更に驚くのが、コンセプトを練り、とても自由に線を引いていくこと。「経済スパン」なんて言葉を知り、グリッドを引くことに慣れた高専生からすると、編入後の半年間は驚きの連続です。

 横浜国立大学では、学部2年に編入します(他大は3年次編入が一般的)。多くの高専生は、この1年間のブランクを敬遠しがちです。それを気にせず横国に来る編入生は「建築学びたい欲であふれている人たち」です。大学院から横国に足を踏み入れた私からすれば、これほど刺激あふれる環境で学部時代を過ごせるなんて羨ましい限りです。もし、もう一度あの時に戻ったなら、横国の編入試験を受けるだろうなと。

 高専の建築教育も社会の変化とともに、少しずつ様子を変えています。Y-GSAが建築都市スクールとして開校後、都市イノベーション学府として学際融合をおこなったように、高専も新たな仕組みと共に越境をはじめています。未来の編入生はこれまでと少し異なる雰囲気の人たちかもしれません。