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ワンシュー(王澍) / 寧波博物館
久しぶりの更新となります、原田です。
昨年末に6年に及ぶチリでの生活に一旦区切りをつけ、活動拠点を東京に移しました。
そして今年度から古巣のY-GSAにて設計助手を務めることになり、助手業第1弾は乾スタジオの担当となりました。
日本のみなさまどうぞよろしくお願いします。
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上海虹橋駅にて
さて、その乾スタジオは昨期から引き続き「再読」という課題を行う。これは優れた/興味深い建築作品をひとつ取り上げ、その建築をリサーチ、見学し、学生たちはその建築のエッセンスを抽出したうえで自らの設計課題(2万平米の建築)に活かすというものである。
今期はワンシュー(王澍)による「中国美術学院-象山キャンパス計画」を再読対象作品として取り上げ、それに基づき乾スタジオ一行で中国、杭州へと視察に赴いた。
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上海1933 ファサード
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上海1933 インテリア
我々(乾先生と学生)はひとまず上海で集合し、少し市内を散策してから今回杭州での案内をお願いしていた建築家の小嶋伸也さんと合流し、杭州を目指した。上海から杭州までは高速鉄道で1時間半ほど。街のシンボルは何といっても世界遺産にもなっている「西湖」であり、この西湖を中心として山や茶畑や都市部が展開され、自然と都市の塩梅が良く、中国の中でも文化的な街として有名らしかった。
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西湖マップ
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西湖 5:00am
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西湖 6:00am
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西湖 7:00am
今回の課題対象である中国美術学院-象山キャンパスは、その西湖から南西に車で30分走らせたところに位置していた。この象山キャンパスの敷地は約70haに及ぶ広大な敷地に大小21の校舎が散りばめられ、マスタープランを含めてそのすべての建物をワンシューが一人で設計しているのだ。敷地の中央には大きな山/丘がそびえ、それをぐるりと取り囲むように建物が配置されている。これらは大きく1期(2004年完成)と2期(2007年完成)に分かれ、それぞれの区画によってデザインも大別することできるが、1期・2期とも共通しているデザインコードは中央の山と建築の関係性である。建物の配置計画のほとんどは山のボリュームといかに対峙するか、あるいは山の風景をどう切り取るか、ということで語られている。まずは1期のエリアから見てみることにしよう。
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1:500模型写真、作成:Y-GSA乾スタジオ 1期区:上半分、2期区:下半分
1期の特徴としては四角い4層程度のブロック状のボリュームが角度を振って配置され、またそれぞれが中庭を有し、建物内部からも積極的に山との関係性を生み出すように計画されている。またワンシューのお家芸とも言える古材の再利用(ここでは古瓦)によって屋根が統一され、全体としてとても築10数年とは思えない時間の蓄積を醸し出している。緑豊かな広大な敷地にモダニズム建築が点在しているという点では、メキシコ自治大学を思い起こさせた。
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1期建物群
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4号棟
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1号棟
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古瓦を用いた庇
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古瓦を用いた庇
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中庭-9号棟
続いて2期のエリアへ。基本的なキャンパス計画の方針-山との関係性-は2期でも踏襲されているが、全体として建物の高さは1期よりも低く抑えられ、また形態や古材の扱いのバリエーションが格段に巧くなっている。代表的なデザインボキャブラリーとしては「山の稜線を模したような波打つ屋根」、「ファサードにまとわりつくスロープ」、「ランダムな窓」、「瓦などの古材をまとった壁(ワパン)」、「竹を型枠としたコンクリート壁(バンブーシャッタードコンクリート)」、「分厚い土壁」、「中国庭園に見られる円形の門(平底円門)をアレンジした連続する開口部」などが挙げられる。こうした彼が開発した建築ボキャブラリーを組み合わせながら21にも及ぶ建物群を力業で設計しきっている。限られたボキャブラリーで全体の統一感を生み出しながらも、体験として単調さは感じない。むしろこれだけの数の造形やマテリアルの決定を一人で完遂したというバイタリティに驚かされる。
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山の稜線を模したような波打つ屋根
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ファサードにまとわりつくスロープ
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ランダムな窓
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ランダムな窓
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瓦などの古材をまとった壁(ワパン)
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竹を型枠としたコンクリート壁(バンブーシャッタードコンクリート)
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竹を型枠としたコンクリート壁(バンブーシャッタードコンクリート)
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分厚い土壁
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分厚い土壁
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連続する開口部
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連続する開口部
1期・2期の建物をひと通り見学した後に、設計者のワンシューの公私のパートナーであるルー・ウェンユー(陸文宇)さんにお話を聞くことができた。まずルーさんにこのキャンパス計画全体についてざっと説明していただく。まずこのプロジェクトはコンペで設計者が決められ、そして山を残しながら造っていく自分たちのアイデア選ばれたこと。敷地境界線を引き直しながら何度も設計変更を行ったこと。そして予算が非常にローコスト(一般的な農村のブロック造の住宅と同じ平米単価)であったがゆえに自分たちだけですべてを設計せざるを得なかったこと。そしてデザインでしきりに強調されていたのは、やはり山と建物の関係性を非常に重んじたということ。しかし実際にキャンパスを歩いていると竣工時よりも緑が生い茂り、山が隠れ、それほど山の存在を感じることはない。それでもこの茫漠とした敷地において、求心性のある自然をデザインの拠り所として取り込む手法は、学生たちの課題設定に少なからずヒントを与えたのではないだろうか。
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ルー先生、乾先生
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ルー先生とのディスカッション
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土壁を管理する構法系の先生(左)と小嶋伸也さん(中)
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乾スタジオ一行
後半のディスカッションで僕がルーさんに投げかけた質問は、この中国伝統の古材を取り込んだモダニズム建築というワンシュー・スタイルが中国現代建築の一スタイルとして確立しうるかということだ。というのも街を歩いていても人が集まる新しい場所と言えば、ザハ風の巨大モールや駅、あるいは古い街並みを商業的に再利用しているエリアに2極化しているように感じたからだ。そういう意味でもワンシュー・スタイルは分かり易い懐古的な古材を身にまといながらも、プログラムに依らない建築の造形によって人と自然の居場所を作り出していこうという心意気が感じられるのだ。
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スナップ01
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スナップ02
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スナップ03
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スナップ04
キャンパスを見学した後、我々は杭州郊外の古村「龍門古鎮」へと足を延ばした。中国の伝統文化を重んじるワンシューを理解するうえで、古い歴史や文化の香りがする場所を訪れることもまた再読に有用だと感じていたからだ。龍門古鎮は厳密に言えば既に観光地化された村であったが、それでも古い街並みは姿を遺していた。街路は迷路のように入り組んでおり、一連の住宅はエントランスに中庭を有するという形式と漆喰壁・黒瓦屋根という素材は統一されながらも、個々の住宅の表情はバリエーションに富んでいた。特に川沿いの連続するエレベーションは後に訪れる寧波博物館の外観にも通ずるのではと思わなくもなかった。
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龍門古鎮
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龍門古鎮
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龍門古鎮
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寧波博物館
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寧波博物館
正直に言えば僕はワンシューの建物にあまり期待していなかった。事前に彼の作品集を見る限り、その多くは古材を取り込んだざっくりとした外皮と計画的な内部空間で構成され、初見こそインパクトを持ちうるが、噛みしめる味わいに乏しいタイプの建築だと思っていたのだ。しかし実際訪れてみるとマテリアルの切り替えや動線・共用部の計画は、限られたボキャブラリーの中で実によく考えられており、ワンシューが現場での意思決定や空間体験を重んじるということが随所に感じられた。ルーさんは先ほど僕が投げかけた質問に「現代的な建設技術に中国の伝統が組み合わさることで中国現代建築のスタイルが生まれる。」と答えたが、僕はワンシューの一連の建物の建設技術に現代性はみじんも感じなかった。むしろ技術的には50年前でも作れただろう。どちらかと言えば50年前にできることを現代でやってしまった中国大陸、あるいは人民の勢い、そしてワンシューの闘争心をうらやましく思う。
最後に中国美術学院-象山キャンパスのエントランスに鎮座する標語を学生たちに、そして自分自身に送る。
「爲藝術戦 ― 藝術のために戦え」